何千のダイヤモンドに匹敵する作品
ドストエフスキーの恋愛小説の最高傑作と謳われる『白痴』。キリストをモデルにした主人公ムイシュキン侯爵の、純粋無垢な言動とその葛藤を描き、当時のロシア社会とそれを象徴した登場人物たちとの鮮やかな対比を見せています。
スイスでのてんかんの治療を終えたムイシュキン侯爵は、ロシアに戻ることになりました。ペテルブルグ行きの列車のなかで、父親の莫大な遺産を引き継いだばかりのロゴージンという男に出会います。彼は富豪の愛人として美貌名高いナスターシャに熱をあげている様子です。
遠縁の将軍の屋敷に訪れたムイシュキン侯爵はそこで、一人の女性の写真に心を奪われます。その女性こそがナスターシャでした。
孤児であった彼女は富豪の愛人にされており、将軍の秘書は金のために彼女と愛のない結婚をしようとしています。
ナスターシャと顔を合わせたムイシュキン侯爵は彼女に対する想いを告白しようとしました。しかし、その夜会に10万ルーブリという大金を手にし、ナスターシャを自分のものにしようと息をまくロゴージンが現れます。
- 著者
- ドストエフスキー
- 出版日
善良なムイシュキン侯爵を「白痴」と評するドストエフスキーですが、彼に対するマイナス描写は一切ありません。清廉な主人公を当時のくすんだペテルブルグ社会に登場させ、その対照性を描くことに主眼を置いたようです。敵役であるロゴージンは「悪魔」の役回りでやはり、ムイシュキン侯爵と相反する描写が目立ちます。
恋愛小説としていくつもの三角関係が交錯し、徐々に作品のテーマが浮き彫りにされてゆきます。その純粋さゆえに傷ついてゆくムイシュキン侯爵は読む者に訴えかける普遍的な魅力を備えたキャラクターとして造形されているのです。
愛、という少し気恥ずかしい言葉ですが、その意味を多面的に考えるきっかけとなる作品といえます。
レフ・トルストイはこの作品に対して「これはダイヤモンドだ。その値打ちを知っているものにとっては何千というダイヤモンドに匹敵する」と評したといわれています。
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文学史に名を残す悪役の告白
超人的な悪役であり、主人公でもある「スタブローギン」の登場する、無政府主義や無神論、社会主義革命などの深刻なテーマを扱った『悪霊』。背徳的で破滅型の主人公は近代文学史のなかでも特異なキャラクターとして注目に値します。
スタブローギンは全ての価値に疑いをかける美青年であり、類まれな頭脳を持つニヒリストです。
自らを「政治的詐欺師」と呼ぶピョートルは、スタブローギンを文学サークルに装った革命組織の指導者にしようとします。組織は徹底した社会転覆を狙い、放火や殺人を起こします。しかしスタブローギンは失踪し、ピョートルは革命組織の結束を固めるために密告者をでっちあげ、その男を殺害しました。事件はすぐに露呈します。
スタブローギンが何者なのか?彼はいったい何を考え、何をしたのか?ストーリーの構成は推理小説的な要素もふくみ、読者を惹きつけずにおきません。
- 著者
- ドストエフスキー
- 出版日
ドストエフスキーはネチャーエフ事件という現実の事件からこの作品の構想を得ています。ネチャーエフという男が秘密結社をつくり、その過程でスパイ容疑をかけた学生を殺害した事件です。
あらゆる登場人物がそれぞれの思惑を展開するなかで、中心に立つスタブローギンが悪魔的な輝きを放ちます。このキャラクターの読解がすなわちこの小説の読解となるのです。
ストーリーのなかに現れる登場人物の思索は非常に深く、独特な考えを披露するキリーロフという人物の「人神思想」を、晩年のニーチェが抜き書きをしていたと言われています。