いびつな家庭を美しく描き切る
吉川英治文学新人賞の候補にも選ばれた作品。才能に恵まれたヴァイオリニストである惣介の妻園子は誰よりも美しく、息子も父親の才能を受け継いでいます。経済的にも不自由のない、一見温かで恵まれた家庭ですが、惣介は若い女に浮気を繰り返しています。そして園子も、その事実を知っていて口を閉ざしているのでした。
- 著者
- 井上 荒野
- 出版日
- 2009-03-02
完璧な妻を自慢しつつも浮気を繰り返す夫、そんな夫をとがめもせず完璧に立ち回り続ける妻、両親の関係を理解している大人びた息子。そんな三人で構成されたいびつな家庭が描かれます。
幸せな家庭って何だろう。サラサラとした感触の文章の中で、時々ぞくりと肌が粟立つようないびつさが感じられ、気づけば最後のページに。美しいはずのない歪んだ家庭を、綺麗な舞台に仕立てあげる作者の筆致に凄みを感じます。
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2008年直木賞受賞作品
切羽(きりは)とは、掘っていくトンネルの一番先のことだそうです。掘っている間は常に一番先が切羽であり、しかしトンネルが開通すると無くなってしまうもの。日常の中でそんな「切羽」を生きる人々が描かれた作品です。
- 著者
- 井上 荒野
- 出版日
- 2010-10-28
九州弁が交わされるある島に、夫と共に住まう主人公。養護教諭として働き、凡庸でありながら充実した日々を送っているはずでしたが、本土から赴任してきた石和という若い男性教諭に何かと意識を向けてしまいます。
画家である夫、不倫を続けている同僚の月江、近所の老婆のしずかさん。誰もが切羽を生きていて、安定しているように見える生活はふとしたことで崩れ去る可能性を孕んでいます。
劇的な展開があるわけではないのですが、どこを読んでも、息をひそめて隠れているような危うさが感じられます。少しの不穏さを抱えたまま淡々と物語が進んでいく井上荒野の作風が好きな人には、絶対におすすめしたい一作です。
見極められない正気と狂気
井上荒野作品は、何かが起こりそうな空気をひっそりと抱えたまま物語が収束していくことが多いです。しかし『だれかの木琴』では、超えてはいけない一線を踏み越えてしまったような主人公が描かれます。
- 著者
- 井上 荒野
- 出版日
- 2014-02-06
どこにでもいる平凡な主婦である主人公が、些細なことをきっかけに、若い男性の美容師をストーカーするようになってしまうというストーリーです。
彼女の行動は徐々にエスカレートしていきますが、美容師の彼のことが本当に欲しいわけではありません。
自分でも理解できないような場所で、感情の深さがどんどん勝手に進行していく……という恐ろしさを経験したことがある人には絶対ハマるはずです。自分で自分が手に負えなくなっていく、ゆっくりと壊れていく様が描かれます。実は誰もが持っているかもしれない狂気の片鱗。他人事とは思えなくなり、怖いもの見たさに読み進めてしまうような作品です。
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