テレビやラジオ、CMなど芸能業界で姿を現すことの多いいとうせいこうですが、彼は文筆家でもあるのです。特に小説は数多くの文学賞でも高い評価を受けており、その筆力と豊かな想像力から生まれる物語は多くのファンを魅了してやみません。今回はそんないとうせいこうのおすすめ文庫本をご紹介します。

さらにこの本をさらに深くするのは、これらの小説はあくまでそれぞれの名も知らぬ作家が書いたもので、いとうが書いたものではないと断定していることです。だからこそ、それぞれの解説が必要だということなのですが、こうした設定に設定を重ねた本作品は「作家、編者、読者」という存在からなる「小説」というものの在り方を深く考えさせるものかもしれません。
- 著者
- いとう せいこう
- 出版日
- 2015-12-15
塾でのチャット伝いに広まって一人歩きしていく噂に翻弄される子供たちと周囲の人間。ついには小学校の校長がゲームのセリフを叫んで死んでしまうという怪奇的な事件も発生します。社会問題にまで発展した「ライフキング」に立ち向かうため、子供たちは団結し……。
- 著者
- いとう せいこう
- 出版日
- 2008-08-04
小学生の頃から仏像が好きで「仏像スクラップ」なるものを作っていた、みうらじゅんと、それを見せてもらい仏像に多少の興味を持っていたという、いとうせいこうの2人が、日本中の仏像に会いに行った道中や、その仏像についての想いを綴った、仏像紀行です。
仏像やお寺と聞くと、どことなく堅苦しいような、難しいような印象があるかもしれません。でも、この1冊を読めば、そんな印象きれいさっぱり無くなってしまいます。仏像との対面ってそんなにフランクでも許されるのか、と2人のやりとりから感じ取れるのです。仏像好きが贈る仏像好きの為の、と書きましたが、実は興味の薄い人でも楽しく読むことができてしまうのです。それが本作の最大の魅力でしょう。
- 著者
- いとう せいこう みうら じゅん
- 出版日
なぜ、仏像初心者でも大丈夫なのか、それは巻末の謝辞にて、いとうせいこうが語っています。
「私は仏像に関する専門的な知識を備えている者ではない。ましてや仏教に精通している人間でもないわけで、つまり、まったくの門外漢なのである。そういう″山門の外にいる人間″が、仏像見たさに、どんどん門をくぐってしまった。それが『見仏記』だとも言える。」
(『見仏記』より引用)
もちろん知識はたくさん持っているのですが、仏像を見るという点においては、いとうせいこうも初心者なのです。だからなのか、奈良、京都、東北、さらには九州まで見仏に行くのですが、出逢う仏像の歴史的背景はさほど書かれていません。脚注部分での解説がついていますが、それよりも、生で見た感想、今、目の前にあるという事実について書いてあるので、誰にでも理解できるのです。
そして、その感想が実にユニークで、仏像をそういう風に見る人がいるのかと、笑わせられます。仏像の顔を見て、昔のハリウッドスター系の顔だというその仏像を、実際に見たくなります。それは、みうらじゅんの仏像への熱量と、いとうせいこうの文章だから成せる業なのかもしれません。
ベランダーとしての2冊目の本です。そもそも、ベランダーとは何か。それは、いとうせいこうの作り出した言葉で、庭を彩るガーデナーに対して、ベランダを彩るベランダーというわけなのです。ガーデナーに敵対心はなく、やっかみはおおいにあるそうです。
- 著者
- いとう せいこう
- 出版日
- 2014-07-08
本作はベランダーいとうせいこうの考え方が散りばめられた、ベランダ日記のような仕上がりですが、その中で語られる植物に対する向き合い方が、なんとも独自性が強く感じられます。それもそのはずです。なんせ自己流なのですから。
「 「水さえやっときゃなんとかなる」 は嘘である。自分の体でその嘘を体験した俺は、以来肥料にうるさい。何かあるとすぐにまく。水だけじゃダメだ。」
(『自己流園芸ベランダ派』より引用)
と、実体験を植物に当てはめ考えるのです。
この少し斜めとも思える角度からの視点こそ 「いとうせいこう」 らしさであり、魅力なのだろうと感じさせられました。専門的なことを知らない、専門家ではない、あくまでも自己流のベランダーだから見えること、書けることがあるのです。園芸家の皆さん、そして植物に囲まれていない生活を送っている皆さん、この1冊が何かのキッカケになることがあるかもしれませんよ。
いとうせいこう当人が『自己流園芸ベランダ派』の中で 「ベランダー界の聖書」「ベランダー界の大法典」と称したのが、本書です。3年強という長い期間の、ベランダに佇む鉢たちの観察記であり、ベランダーとしての奮闘記でもあります。
実に様々な植物が登場します。アロエ、ニチニチ草、ヒヤシンス、アマリリス、サボテンや蓮、朝顔にアラビカ種コーヒーからモミジまで、多種多様な植物たちとの、出逢いと別れが記録されているのです。
ホームページ上で書き始めた手記は、同じくベランダーとして活動している人たちの心に突き刺さり、早く次を書いてほしいと催促が来るほどまでになっていったそうです。そうこうしていく内に紀伊国屋書店の 「i feel」での連載にまでなり、出版に至ったのです。まさに趣味から始まったと言えます。
- 著者
- いとう せいこう
- 出版日
- 2004-02-28
趣味然としているのは、やはり自己流あってこそです。それは、ベランダーという言葉の意味を語るところにも表れています。
「人格の不完全さを植物に見守ってもらっている。ひょっとすると、それがベランダーという言葉の真の意味合いなのかもしれない。」
(『ボタニカル・ライフー植物生活』より引用)
植物と生活を共にするということで味わうことができる喜びや悲しみが、人間社会で生きることに、間接的に、そして時には直接影響を及ぼす。それも、植物が与えてくれる彩りなのだと気づかされるのです。
そして、このDJアークもまたそのうちのひとりで、彼は自分が亡くなったことをそっちのけで、ただひたすらに夢想するまま存在しない放送局で幻のラジオを流し続けるのでした。彼のラジオはいつまで続くのでしょうか。
- 著者
- いとう せいこう
- 出版日
- 2015-02-06
やがて様々な人が集まってくるようになりました。アーティストやデザイナー、DJなどアナーキーな人々を集めることで、ムスリムトーキョーは彼らの街となり、土地の付加価値も上がっていきます。
- 著者
- いとう せいこう
- 出版日
お話の芯となって作者が読者に問いかけるのは、「何によって自分は自分という存在であれるのか」ということ。確かに、今自分が考えていることは果たして自分が考え出したことなのか、ということは考えてみるとはっきりと答えることは難しいように思えます。自分の存在はいったい何なのか、この問いはフロイトなどの心理学の影響も多分に受けており非常に深遠であるとともに、古代から多くの人に共通するテーマであるといえるでしょう。
- 著者
- いとう せいこう
- 出版日
以上、初めていとうせいこうの作品を読む方へ向けたおすすめ作品のご紹介でした。様々な経歴を持ち、多方面で活躍してきた作者だからこそ見える景色があるのでしょう。その世界は彼の著作を読むことで垣間見ることができるのです。この機会にぜひ手に取ってみてください。