西村賢太をいちやく有名にした青春ヒストリー 『苦役列車』
芥川賞受賞作にして2011年に映画化もされた『苦役列車』。西村賢太の小説として最も有名な作品になるでしょうか。主人公の北町貫太は、父親が性犯罪で拘留されたことを機に、母の財布からお金を奪い、ひとり家を飛び出します。将来の展望が開けぬなかで、日雇い労働で食い繋ぎ、砂を噛むような流転の日々を送ります。
一時はその境遇を忘れるような出来事があるものの、仕事先で知り合った数少ない友人との仲たがい、仕事をめぐる上司との言い争いなどで、ふたたび孤独な身に立ち戻り、先の見えない日常へと戻ってゆきます。
どん底に生きる貫太は、いつも肌身離さず大正期の私小説作家・藤澤清造のコピー原稿をポケットに忍ばせていました。社会の底辺に生きる暗澹たる日々を描く西村賢太の青春小説です。
- 著者
- 西村 賢太
- 出版日
- 2012-04-19
ドス暗い青春小説を描く作家が、いまの時代にいるのかと口をつきたくなるほど、作者の強烈な個性がきわだった作品です。精密な文体もさることながら、主人公・貫太の造形力が素晴らしく、憎らしいほどに心地良さをもたらす妙味あふれる西村賢太の作品です。
石原慎太郎は、「(中略)人生の底辺を開けっぴろげに開いて晒けだし、そこで呻吟しながらも実はしたたかに生きている人間を自分になぞらえて描いている」と評します。自らを投影した主人公の造形力に、作品の核心があることを見てとるのです。心が沈みきった夜に、ぜひ手に取ってほしい西村賢太おすすめの一冊です。
もしも、モテないDV男が年下の女性と暮らすと・・・『焼却炉行き赤ん坊』
その名も『焼却炉行き赤ん坊』という不穏なタイトルの付く小説です。この作品は『小銭をかぞえる』に所収されています。語り手の“私”は、念願かなって年下の女と、同棲生活を始めることになります。ある日、女が犬を飼いたいと、“私”へ申し出たことから、物語は大きく展開してゆきます。
私は犬にまつわる過去の忌まわしい思い出が拭えずに、彼女の懇願をかたくなに拒み続けます。なんとか彼女を説き伏せ場を収めたものの、彼女を説得する際の物言いに、どこかひっかかるものを感じて、後日、彼女をデパートへ買い物に誘います。
先日の一件もあり、その埋め合わせに犬のカレンダーでも買ってやろうとデパートにやって来たものの、突然、彼女は小走りに駆けてゆきます。そして立ち止まった先で、彼女が手に抱えていたものは、巨大なゴールデンレトリバーのぬいぐるみ。このぬいぐるみが、同居する部屋に闖入することから、ふたりの関係が大きく揺らぎ始めるのです。
- 著者
- 西村 賢太
- 出版日
- 2011-03-10
西村賢太の作品には、貫太と秋恵との同棲生活を描く一連のシリーズものがあります。『焼却炉行き赤ん坊』の登場人物には、貫太と秋恵という名が与えられてないものの、後に登場する、ふたりの同棲生活を下敷きに描かれた作品としても読むことができます。
シリーズ同様に、物語の結末は、些細な女の言動が“私”の神経を逆なでして、悲惨な結末を向かえるお約束の展開が待ち受けることになります。なかでも西村賢太のこの作品は、女が執拗に抵抗を示す、稀な展開を見せてくれます。
堅苦しいイメージを抱きやすい私小説ですが、キャラクター小説かと見まがうほど、ゲラゲラと笑える内容となっています。案外、私小説とキャラクター小説とは、それほど隔たりがないのかと思えてくるほど。従来の小説観を覆す作品として、おすすめしたい西村賢太の一冊です。
臭いの向こうに哀しい人々の姿が立ちのぼる 『腋臭風呂』
その名も『腋臭風呂』という強烈なインパクトをもった短編小説です。『二度はゆけぬ町の地図』に所収されています。物語は、日雇い仕事を終えた語り手の“私”が、深夜に自宅のアパート近くに風呂屋を見つけることから幕を開けます。
後日、客の少ない時間を見定め、風呂屋通いを続けていた私の前に、ひとりの男が現れます。更衣室で一緒になった労務者風のこの男、実は只者ではありません。
“私”は、思わず客の顔をマジマジと眺める羽目に。あろうことか男は、腋の下から強烈な悪臭を放つ、腋臭もちの身分だったのです。ろくに体も流さず湯船に浸ることから、銭湯を独り占めしていた気分を台無しにされたあげく、腋臭風呂に浸らなければならなくなります。
そして後年に、その忌まわしい記憶をある場所でふたたび思い出すことになりますが、それは本編で確かめてください。
- 著者
- 西村 賢太
- 出版日
- 2010-10-23
西村賢太作品でたびたび重要なモチーフとなる臭い。他人に不快を与える悪臭は、現代ではタブーとする傾向にありますが、彼はそれに真っ向から反発するように、強烈な臭いを放つ人物やシーンを作品内に頻繁に登場させます。
そんなシーンに遭遇すると思わず顔を背けたくなりますが、人物から発散する臭いは、どこか笑いと不快を通り越して、どこかもの哀しさを漂わせます。それは否が応にも体から発散される臭気というものが、生きることと分かちがたく結びついたところに理由があるのかもしれません。臭いをモチーフとした一篇として、おすすめしたい西村賢太の小説です。