現代小説では「平成の泣かせ屋」の異名を持つ、浅田次郎。時代小説、歴史小説など数多くの作品を手がけました。今回は浅田次郎作品の中でも特におすすめのものをご紹介いたします。

椿山課長はデパート婦人服売り場の課長。いや課長「でした」。もともと運藤不足でしたが、プレッシャーのかかったバーゲンセールの準備の無理がたたり、脳溢血で亡くなってしまいました。
そんな椿山課長が連れてこられた先は現世とあの世の中間地点である「冥土」です。亡くなった人はここで審査を受けて天国か地獄に行き先が割り振られます。椿山課長の審査結果はなんと邪淫の罪の講習受講。つまり条件付きの天国行きです。思い当たるところのない椿山課長は現世への思いもあり再審査を申し出ます。もう一度現世に戻り、自分の目で確認できるのです。
亡くなったその日から七日後には冥土に戻らなくてはなりません。しかもそれは椿山課長として復活するのではなく、まったく別の人格「和山椿」という女性39歳独身として現世で復活するのです。
椿は、気になっていた妻と息子のこと、父のこと、バーゲンの売り上げのこと、そして邪淫の罪について調べに行きます。そして……。
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
- 2015-02-20
本人が亡くなってしまったために、本人には決して明らかにはならないからこそ明かされる事実があるのです。その中にはいろんな意味で本人にとっては衝撃であることもあります。そんな風に思ってたのか?本当はそういうことだったのか?など。わかったところで人生やりなおせるわけではないのですが、本質的に人々が気にしていることを浅田次郎が明らかにしてくれます。
『椿山課長の七日間』では、あの世に行く前に「真実」を知ることができた人もいます。あるいは本当は禁止されていますが、思い残したことをやり遂げられた人もいたのです。そうして、亡くなった人達は本当にあの世に行くことができました。思いを遂げた人たちは、行き先が天国であっても地獄であってもすんなり受け入れるのです。
コメディタッチではありますが、読んだ後はしんみりとしてしまいます。そしていつあの世に行ってもおかしくない、だから充実した人生にしよう、そんな前向きに気持ちになれる作品です。
地下鉄の中には、銀座線や丸ノ内線のような「時代」を感じさせる造りの路線があるのです。小柄な地下鉄車内はどことなく異次元性を感じます。
そんな地下鉄を、過去へのタイムトリップの入り口として描いた作品が浅田次郎による『地下鉄に乗って』です。
小沼真次は、ワンマンな父が戦後のどさくさから成り上がって築き上げた小沼産業社長、小沼佐吉の次男です。あまりにもワンマンなふるまいと兄に対する仕打ちに憤り、高校を卒業すると父とは縁を切っていました。
40歳を過ぎた真次が永田町の地下鉄駅から出口を出ると、なんとそこには30年前の新中野の街並みが広がっていたのです。新中野は高校生の頃住んでいた最寄り駅で、その日は30年前兄の昭一が地下鉄に飛び込んだ日でした。
過去にトリップしたその日から、真次は地下鉄駅の出口や地下鉄ホーム、地下鉄車内で次々と過去へタイムトリップします。しかもそのシーンは父佐吉の人生を逆に辿っていく旅でした。時代がさかのぼるにつれ、若返っていく父佐吉に出会い続けます。ワンマンな父が、実は様々な苦労を重ねながら、一代で会社を築き上げていく過程をまざまざと見せつけられ、真次は父が本当はどんな人生を歩んできたのかを知るのです。
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
- 1999-12-01
地下鉄駅への入り口は、過去と未来への入り口にふさわしいです。その過去と未来への出入り口を、憎んでいた父の人生を辿る旅に結びつけたところに本作品の妙味があります。そして父や家族に対する想いも変わっていくのです。思いが変化したとき息子はその後の人生をどのように生きていくのでしょうか。
読者の皆さんも、タイムトリップとまではいかずともこれまでとは異なる面から父親を見てみると、新たな別の父親像を発見できるかもしれません。
太平洋戦争の終戦は1945年8月15日の玉音放送で国民に通知されました。しかし、8月15日以降も攻撃を受けて兵士が戦った話をご存知でしょうか。しかもそれは北海道千島列島の最北の地で起こった悲劇です。
1945年の夏、大本営では秘密裏に降伏に向けた準備がとられるのです。降伏を受け入れた際には各軍隊で降伏の手続きが必要になり、相手国と交渉のために通訳を派遣する必要がありました。
その通訳として選ばれた一人が片岡直哉です。片岡は外国文学の翻訳・出版を手掛ける出版社の翻訳編集長でした。戦時中は敵性語である英語の活用する場はほとんどありません。44歳と11か月で徴兵年限ぎりぎりであった片岡も「特業」と呼ばれる英語技能保有者として徴兵されたのです。
片岡の他にも、最後の徴兵動員に携わる人々とその家族、地方へ疎開する子供たちと離れ離れになる親。応召する側、される側、その家族たち、任地へ赴くまでに関わる人々。それぞれに物語があります。
そして占守島(しゅむしゅとう)です。千島列島の最北の地、カムチャッカ半島に最も近い島となります。根室から更に1,000km離れているんですね。アメリカからアリューシャン列島沿いに攻め込まれることを想定し、満州から関東軍の精鋭が配転されました。しかし、南方に戦線は移り、更に転戦するにも運ぶ船がないという状態で精鋭達は半ば放置されてしまうのです。
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
- 2013-06-26
終戦後の8月17日、突如ソ連軍から攻め込まれます。精鋭部隊であった駐留部隊は敵を圧倒しながら、本部からの指示で停戦したそうです。その戦いは攻め込むソ連軍の兵士も納得感はなかったようです。そのソ連兵に片岡は射殺されてしまいます。終戦後に戦死とはなんという悲劇でしょう。占守島ではこのように激しい戦闘で亡くなった方や、降伏後シベリアへ連行された方など悲劇が重なります。
南方や中国、沖縄における激戦は、それは酷かったと思います。しかし、最北の地、しかも終戦後の戦闘で犠牲になるのもそれはとても悲しい事態です。
終戦を経て、助かって戻った人や再び家族と会えた人がいる一方で、戦いで命を落とした人や家族を失った人がいます。8月15日は点でしかなく、その点を超えてどのように生きていくか、あるいは生きていくことができなかったか。様々な背景や思いを抱えた人々が8月15日に向かって収れんしていき、そこで再び発散していくストーリー展開が見事です。そして悲しさが倍増します。
最北にも悲劇の歴史があったことに思いを馳せ、改めて戦争の悲惨さを認識し、今を生きていけることに感謝したくなる物語です。
『日輪の遺産』など、戦時下の秘密資金をめぐる作品を書いた浅田次郎が、同じく戦時下に沈没した船を扱ったのが、ここで紹介する『シェエラザード』です。 物語はある日、従業員8名という小さな金融会社に「沈没した弥勒丸を引き上げるため百億円貸してほしい」という話が持ち込まれるところから始まります。持ち込んだ相手は宋英明という老人で、中華民国(台湾)政府の顧問だという。 金融会社社長の軽部順一は、話の裏を取るために、新聞社に勤める元恋人、久光律子に調査を依頼します。すると、弥勒丸の沈没までの経緯には多くの謎が隠されていることがわかってきます。 突如乗り込んでくる軍人、船長にも明かされない積荷、そして予定されていた進路の変更。そして弥勒丸自身にも、軍艦並みの装甲防御と儀装が施されて建造されていました。 この弥勒丸の事件が、数少ない生存者の証言によって、それぞれの人生とともに、徐々に明るみになっていきます。
弥勒丸の沈没は架空の事件ですが、この事件にはモデルとなった歴史上の事件があります。「阿波丸の沈没」事件です。
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
- 2002-12-13
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
- 2013-09-03
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
- 2015-04-23
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
- 2004-10-15
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
以上、浅田次郎をはじめて読む方へ向けた作品のご紹介でした。長いこと小説家に憧れながらも、なかなか陽の目を見られずに、無頼漢として様々な経験をしてきた浅田。そんな強い意志と多彩な経験があったからこそ、このような人間味あふれる作品が多く生まれたのかもしれません。