そもそも直木賞って?
直木賞は、芥川賞ともに1935年に創設され、年に2回、上半期と下半期に分けて発表されている、今なお文学界に大きな影響力を持った文学賞です。文芸春秋社内に事務所を構える、日本文学振興会により運営されています。
芥川賞が新人、純文学作品に授与されるのに対し、直木賞は新人から中堅までの作家による大衆小説作品に与えられる賞とされていて、昨今では中堅作家に重きを置いているようです。
大衆小説は、純文学の持つ芸術性よりも、娯楽性に特化した作品、俗にエンタメと呼ばれるような作品になります。近年ではその分類も多様化されていて、SF、推理、時代など、さまざまなジャンルの作品が候補に挙げられています。
もう一つ分かりやすい違いをあげるとするならば、長さでしょうか。両賞とも公募はしておらず、芥川賞は中編、短編を対象とし、雑誌掲載されたものから選出していますが、直木賞は長編作品もしくは短編集を対象とし、書籍として出版されたものから選出しています。ちなみに両賞とも受賞はひとり1回までです。
正式名称は直木三十五賞といい、昭和を代表する大衆小説作家の名を冠しているのです。それでは、直木賞のことを知ったところで、さっそくおすすめの受賞作をご紹介していきます。
アイデンティティを考える『GO』【2000年上半期】
金城一紀の作品で、主人公の在日韓国人としての悩みが恋愛にシンクロして描かれた青春恋愛小説です。
作者自身の自伝的作品でもあり、「在日」である自分と、日本で生まれ育ち「日本人」でもある自分が色濃く描かれています。題材はとても重たいです。けれども、爽快感すら感じてしまう青春小説らしさ、恋愛小説らしさが本作の魅力です。
在日朝鮮人の主人公は、中学まで民族学校に通い、日本にいながらにして、日本人が受けない教育を受けて育ちます。高校は日本の学校に行くのですが、その時オヤジの提案で在日韓国人になります。そして学校では杉原と名乗ることになるのです。
環境がそうさせるのか、周りの偏見のせいなのか、喧嘩に明け暮れる日々が続きます。そんな中、ヤクザの息子の加藤という友人ができ、彼の誕生日パーティの会場で桜井という少女と出逢います。
桜井と親しくなっていくものの、杉原は自分が在日だとなかなか言い出せず……。
- 著者
- 金城 一紀
- 出版日
偏見や制度、そういったものに雁字搦めにされながら生きる若者の、生々しいとも言える葛藤、アイデンティティについて深く考えさせられる物語です。
オヤジと杉原のやりとりの中に心に残る台詞があります。
「スペイン語だよ。俺はスペイン人になろうと思った
でも、ダメだった。言葉の問題じゃないんだよな
そんなことないよ。言語はその人間のアイデンティティそのもので―――
確かに理屈はそうかもしれないけど、人間は理屈じゃ片付かない部分で生きているんだ。まぁ、おまえにもいつか分かるよ」
(『GO』 より引用)
本作には心に残る名台詞が数多く散りばめられていて、それはやはり、作者の力強いメッセージなんだなと感じます。
映画化もされていますし、作品自体も読みやすいので、両方おすすめさせていただきます。
対照的な幸せのかたち『肩ごしの恋人』【2001年下半期】
るり子と萌。2人は親友で幼馴染の27歳です。この2人がどれくらい違うのか、抜き出してみたいと思います。
萌談
「こんな見かけ倒しの女はいない。優しくて、可愛くて、女らしい、という皮を一枚めくれば、気紛れで、自惚れ屋で、浅はかでしかない。だいたいるり子は誰よりも自分が大好きな女だ。自分が大好きな女ほど、始末に悪いものはない。」
(『肩ごしの恋人』 より引用)
るり子談
「萌は嘘をつかない。私に面と向かってアホと言うのは彼女だけだ。「その服はあんたに全然似合わない」「新聞はテレビ欄だけじゃなくて、たまには一面から読め」「胸をわざとらしく突き出すな、下品この上ない」「ピーマンを残すな、子供じゃあるまいし」萌はどうしようもなく口が悪く、強情で、屈折していて、理屈やだ。こんな可愛げがなく、傲慢で、そして優しい女は見たことがない。」
(『肩ごしの恋人』 より引用)
お互いに言いたい放題といった感じです。こんな2人の間に立ったとしたら、眩暈を起こしてしまいそうです。
本作は2人の視点で女としての幸せを模索していく物語です。対照的だからこそ、違う意見があり、発見に繋がるのです。言いたいことが言い合える関係は、本当に素敵な友情に思えます。
- 著者
- 唯川 恵
- 出版日
- 2004-10-20
物語は妙な出会いをすることで面白さが増していきます。
秋山崇という男。学生。一年。なるほど十八歳か。とさほど意識もせずに、萌と崇は2人で居酒屋に行きビールを飲み始める。店を出てから家に帰りたくないという崇を置いて帰ると、近くの公園で野宿しようとする姿が見えた。仕方なく招き入れ、ふとした拍子で崇の財布の中を見てしまいます。
「財布の片面は定期入れになっていて、それに目を落とした。
えっ
やばい
崇はまだ十五歳、高校一年生なのだった。」
(『肩ごしの恋人』 より引用)
この崇の存在がいい意味で、るり子と萌の生活をかき回します。その他にも、ゲイバーのマスターや萌の浮気相手の柿崎など、愉快なキャラクターが出てきます。どの登場人物も魅力的なので、読んでいてまったく飽きることがありません。
恋愛、結婚、友情、仕事、生活、妊娠。いろんなかたちの幸せの可能性と、日常の機微が描かれ、27歳の2人女の視点だから見える「幸せってなんだろう」が詰まった本作。リアルな描写も痛快な会話も、胸にストンと入ってきます。男女関係なく楽しめる1冊です。