終わりの予感が漂う青春小説『長い終わりが始まる』
大学のマンドリンサークルに所属する四年生の小笠原は、マンドリンの練習に打ち込み、技量もそれなりにある反面、協調性に欠けるため、役職を与えられずにいます。就職活動に代表される自分の未来にも、サークル内の人間関係にも、興味を持たない小笠原は、同学年でサークルメンバーでもある田中に恋をしています。これは、そんな小笠原の痛々しくも鮮やかな青春の日々を綴ったお話です。
- 著者
- 山崎 ナオコーラ
- 出版日
- 2011-10-14
作中で小笠原は、終わりの感覚が分からない、と語ります。音楽を聴いていてもセックスをしていても、おそらくは人間関係においても。青春というのは、それ自体が終わらない円環のようなもので、サークル活動は、その象徴でもあるのかも知れません。
マンドリンに打ち込んでみたり、友達ごっこや思い出作りに興じているように見えるサークルメンバーを軽蔑してみたり、就職活動や卒業演奏に際して妥協してみたりと、小笠原の行動はふらふらしています。彼の一貫性のなさ……というより、なにかを貫けない「ままならなさ」も、そのことに傷つく繊細さも、一つの青春のあり方なのだろうと頷かされます。
終わりをそれとなく意識しながらも終われないでいる人たちに、読んでほしい一作です。
山崎ナオコーラが描く、旅行記のような短編集『男と点と線』
本作では、以下の6篇が収録されます。
・マレーシアのクアラルンプールに住む68歳の老夫婦を描いた「慧眼」
・パリへ旅する22歳の女子大生とその3人の男友達を描く「スカートのすそをふんで歩く女」
・32歳の会社員が上海の取引先へ赴く「邂逅」
・東京の17歳と18歳の高校生カップルの話「膨張する話」
・42歳の独身男性と同い年の子持ちの幼馴染がニューヨーク旅行をする表題作「男と点と線」
・28歳の小説家が同性の友だちと最果ての町ウシュアイアへ飛ぶ「物語の完結」
並べてみるとわかるように、各短篇とも舞台が世界中に散らばっていて、さながら旅行記の様相を呈しています。読み終えると、旅をしたような気持ちになれること請け合いです。
- 著者
- 山崎 ナオコーラ
- 出版日
- 2012-02-27
登場人物の年齢も舞台の場所もバラバラな6篇ですが、表題作の中で語り手の宇都宮惣次郎は「自分とものすごく違う人というのは、この世に存在しない」ことを実感します。
本短篇集が示すことの一つは、人と人との出会いは、どんなに異なっているように思えても、案外似通っているのではないか、ということではないでしょうか。差異が示す同一性のようなものが、作品を通して浮かび上がるように感じます。
出会いがふと恋しくなった時、傍らにあると元気の出る一冊です。
山崎ナオコーラの思考に迫る、エッセイ集『指先からソーダ』
著者初のエッセイ集です。エッセイを集めた第Ⅰ章の「指先からソーダ」、書評・解説を収録した第Ⅱ章の「アイスカフェモカショートサイズ」、その他受賞の言葉などを収めた第三章の「硬くて透明な飴」からなります。
- 著者
- 山崎 ナオコーラ
- 出版日
- 2010-08-04
学生時代の話や子供の頃の話、人との出会い、あるいは恋愛の話と、小説作品と照らし合わせて読むことで、作者の体験や思考が、どのように作品に反映されているかを知ることができます。
エッセイ中に「あきらめるのが好き」という作品があります。「あきらめ」という後ろ向きに感じられるテーマが、なにかキラリと光るもののように扱われています。個人的には、学生時代、提出日に追われ、不本意ながらも完成させたレポートを思い出しました。あきらめて、だけど生きてゆく、前に進む。単なるポジティブさだけでは括れない前向きさが、そこにはあるような気がします。
指先からシュワシュワと弾けるソーダは、キーボードを打ち、筆を動かす、作者自身の思考の泡をイメージしたのでしょうか。読了後はソーダ水を飲み干したときのような爽やかな気分を味わえる一冊です。