もう孤独じゃない
カート・ヴォネガットの書いた小説でもっともトリッキーと思われるのが『スラップスティック』です。
この『スラップスティック』はヴォネガット本人曰く、自伝小説とのこと。確かに、小説冒頭は実の兄との会話から始まっております。しかし現実でのやり取りを冒頭に持ってくるというのは『スローターハウス5』でも見られた手法です。物語本編になると現実離れした設定が目白押しになります。
小説の舞台は緑死病という奇病と重力の乱れによって崩壊したマンハッタンです。そこで孤独に生きる老人が過去を回想する形でお話が進みます。
- 著者
- カート・ヴォネガット
- 出版日
その老人、ウィルバーの歩んできた人生が壮絶です。大富豪の家で姉と一緒に双子として生まれた彼は、化け物のような外見をしていますが、世界最高の知性を持っていました。
それは姉と体を寄せ合っている間だけ発揮できるものでした。そんな双子ですから、彼は姉と大の仲良しです。しかし、そんな幸せな時間が続くはずもなく、姉とウィルバーは離れ離れになってしまいます。
この小説がカート・ヴォネガットの自伝であるといわれるゆえんは、この姉の存在にあります。実はヴォネガットにはお姉さんがいましたが、彼女は癌にて早逝してしまいました。この『スラップスティック』はそんな姉への愛情がつづられたある種の家族小説であり、
「聞こえたかい、イライザ?(作中の姉の名)」わたしはいった。「愛してるよ! ほんとに愛してる!」
というような天国の姉に向けたヴォネガットの深い愛情が各所にちりばめられています。大統領になった際に行った「もう孤独じゃない!」というキャンペーンも、元々は姉と2人で思いついたものであり、その政策を行っていくウィルバーに、ヴォネガットとその姉の関係を見ることができます。
愛とはありふれた親切である。冒頭でそう語ったヴォネガットのあたたかな感情が詰まった1冊です。
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戦争は、ろくでもない
『スローターハウス5』と同じく第2次世界大戦を真正面から描いたのがこの『母なる夜』です。
作品のあらましはこう。アメリカの劇作家であるハワード・W・キャンベルは、ひょんなことからドイツのラジオ放送をすることになり、そしてアメリカの軍事スパイとしてドイツの内部を調査する羽目になります。
そして戦争が終わりナチスの一員であるとして、イスラエルにて軍事裁判を受けることになってしまいます。アメリカの軍事スパイをしていたという証明もできず、彼はアメリカの裏切り者として扱われることに。その後、アメリカ国内にて隠れるような生活を送るキャンベルが人生を振り返る形でそれらの過去を回想していきます。
- 著者
- カート,Jr. ヴォネガット
- 出版日
戦争というものに壊されたキャンベルの人生がもの悲しいです。国の裏切り者とされた彼は隠匿生活を余儀なくされるのですが、ある日外から聞こえた子どもの「かくれんぼ」の声をきっかけに、「わたしのかくれんぼをやめさせるために、だれか甘くもの悲しい声で叫んでくれないものか」と切実に願うシーンは胸を締め付けます。
戦争とは人の人生をこうも変えてしまう。戦争への静かな怒りがひしひしと伝わってくる『母なる夜』、一読の価値ありです。
天にいる誰かさんは……
全米一の大富豪、マラカイ・コンスタント。彼に降りかかった太陽系規模の騒動を描いたのが『タイタンの妖女』です。
この小説の中心にいるのがウィンストン・ナイルス・ラムフォードなる人物です。この人は自家用宇宙船で旅していたところ、“時間等曲率漏斗”なる不可思議空間に巻き込まれ、その結果太陽とベテルギウスの空間に偏在するようになりました。その恩恵として彼は未来と過去を知ることができるようになり、未来を予言するようになります。
そんなラムフォードから突如呼び出されたのが主人公のマラカイ・コンスタントです。彼はラムフォードから火星から水星、地球、そして土星の衛星であるタイタンへ旅するだろうと予言されます。そして実際にコンスタントは予言どおり旅をすることになるのですが……。
- 著者
- カート・ヴォネガット・ジュニア
- 出版日
- 2009-02-25
登場人物のなかでもひときわ存在感を放つのがラムフォードです。彼はまさに神のような存在であり、大きなヴィジョンの下でコンスタントや地球人たちを利用していきます。その規模はすさまじく、地球を団結させるためにラムフォードが遂行した計画では罪のない地球人20万人が命を落とすことになります。
この『タイタンの妖女』に登場する人物のすべては、前述したように誰かに利用されています。人生とは誰のための人生なのか。物語を理解していくと、そんな疑問が浮かび上がります。この疑問は物語だけでなく、わたしたちのすごす現実にも通用する疑問です。しかし物語終盤のある人物の台詞が、その疑問に対して明確な答えを示します。
ユーモアを織り交ぜながら、グロテスクでどうしようもない世界を描き、読み手を笑わせ、そして深く考えさせる。まさにヴォネガットの真骨頂が現れた小説です。
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