紋章上絵師として働きながら傑作を生み続けた、泡坂妻夫とは?
泡坂は、1933年に東京・神田の「松葉屋」の屋号を持つ紋章上絵師の家に生まれました。会社勤めをしながら定時制高校に通い、家業を継ぎ、絵師になりました。
その後『DL2号機事件』が幻影城新人賞で佳作入選し、1976年に作家デビューを果たします。作家と並行して、家業である紋章上絵師の仕事も続け、家紋についての本も著しています。
逆説を多用する作風のため「日本のチェスタトン」と呼ばれ、トリックのタネを書籍地雷に施した『しあわせの書』、袋綴じページを切り開くと内容が変化する『生者と死者』など、紙媒体でしか成立しない仕掛けを施したことも。
ペンネームは、本名のアナグラム。奇術愛好家兼奇術師としても有名で、1968年に奇術の賞・石田天海賞を受賞しています。1990年に『蔭桔梗』で直木賞を受賞した際の授賞式では、マジックを披露したのだとか。
2009年、急性大動脈解離のため都内の病院にて、75歳で他界しました。
1: 舞台は、ねじ屋敷。女性探偵と新米探偵が謎をとく『乱れからくり』
日本推理作家協会賞受賞作。主人公は、ボクサーになることを諦めた勝敏夫。彼は、元警官の女傑・宇内舞子が営む経済事件専門の調査会社「宇内経済研究会」で勤務をスタートさせます。
- 著者
- 泡坂 妻夫
- 出版日
玩具業界の老舗会社を経営する馬割一族の調査をはじめた敏夫は、すぐに馬割鉄馬社長の息子・宗児と甥・朋浩の確執を知ります。さらに調査と尾行を続ける敏夫の前で、朋浩とその妻を乗せたハイヤーが隕石の直撃を受け、衝撃音とともに炎上します。朋浩の葬儀の最中には、彼の子どもが睡眠薬を誤飲し、死亡。その後も、馬割家では不可解な死が連続して起こり…。
リアルな私立探偵作品のように始まり、隕石事故後はトリック満載の非日常なミステリーに。しかし、怪しげなねじ屋敷での連続殺人、探偵による名推理、奇抜なトリック、意外な犯人など、探偵小説の面白さも、ぎゅうぎゅうに詰められた名作中の名作ではないかと思います。
読みやすい文章の中で展開される凝りまくったプロットの向こうに「犯人」が見えてきたときには、思わず嬉しくなってしまいます。期待を裏切らない傑作。必読です。
2: 変人イケメンカメラマンの推理に、圧倒されよ『亜愛一郎の狼狽』
少し不思議な青年、亜愛一郎(ア・アイイチロウ)が活躍する短編集。判明した事実から、事件の真相を推理するという正統派推理小説です。
- 著者
- 泡坂 妻夫
- 出版日
- 1985-03-10
愛一郎は、おしゃれで、気品溢れる、背の高いイケメンなのに、虫や珍しい雲ばかり撮る地味なカメラマン。初対面では女性に好感を持たれるものの、彼の言動に女性たちは落胆します。格闘を除き、運動神経ゼロ。正体不明の青年です。とても魅力的なキャラクターですが、残念ながら、『狼狽』を含め、『亜愛一郎の転倒』『亜愛一郎の逃亡』の3冊にしか登場しません。どれも最高に面白い傑作ばかりです。
エピソードには無理がなく、伏線には感心するばかり。こんなトリックを短編で使うなんて!と驚いてしまうことでしょう。また、連作的ではありませんから、拾い読みしても問題ありません。気軽に読むことができるけれど、贅沢な短編集。