乙川優三郎初の現代小説!あたたかな登場人物が魅力
- 著者
- 乙川 優三郎
- 出版日
- 2015-12-23
著者が初の現代小説『脊梁山脈』。復員兵専用列車を探し続け、木地師の源流を求めて旅をする青年の話です。
主人公・矢田部信幸は、上海から引き揚げてくる復員兵の専用列車で、小椋という名の男と親しくなります。なにかと世話をしてくれた彼と別れ、故郷に戻った矢田部は、貧乏な暮らしをしていましたが、叔父の遺産を相続し、生活に余裕ができました。そこで、矢田部は、小椋に会いに信州へと向かいますが、そこにいたのは別人。しかし、信州で木地師と呼ばれる木工職人に心を惹かれます。矢田部は、小椋を探しながら、木地師の歴史やルーツを探り始めます。
本作では、一人の男の旅の話とともに、木地師の歴史をひも解くという面白さがあります。木地師とは、ろくろを用いて木工品を加工する職人のことです。ルーツは非常に古く、作中でも『日本書紀』までさかのぼって調べる様子が描かれています。
乙川の描く登場人物たちのあたたかさもまた、魅力的です。矢田部や小椋をはじめ、矢田部を支える女性たち、出会う人々は、皆あたたかな魅力をもって描かれています。
人生と、向き合うということ
- 著者
- 乙川 優三郎
- 出版日
- 2015-07-06
14の短編で構成される現代小説『太陽は気を失う』。登場人物は、人生最大の後悔や選択を思い出していきます。彼らの過去は、大それたものではありません。しかし、ありふれた過去だからこそ、読者の心に静かに訴えかけてくるなにかがあるのでしょう。思い出される過去はどちらかといえば暗いのですが、著者の端正で美しい文章によって、陰鬱としたものにはならず、未来への希望が残る作品となっています。
表題作『太陽は気を失う』は、東日本大震災を題材とした話です。記憶に新しい題材だけに扱いの難しいテーマですが、その先に希望を抱かせる内容となっているのは、乙川だからこそ。
主人公の「私」は、実家に帰省して幼馴染の墓参りを済ませ、土手でぼんやりと思いをはせます。しかし、早く帰りなよ、と幼馴染に言われた気がして家に帰り、しばらくしたところで地震に遭遇。津波は町を襲いました。主人公は介護病院に避難して無事でしたが、次々とけが人が運ばれてくる様子は、震災の恐ろしさを物語ります。
なんとか震災を生き延びた主人公は、姉を頼って東京へ行きます。東北の復興は進まず、震災の痛々しい爪痕が残っていますが、東京へ立つ日が近づくにつれ、その様子は変わっていきます。ネオンが輝き、何事もなかったかのような平和な町に、言葉を失う主人公。見えてきたのは、自分の「だらしなく生きた日々」。
乙川は、「悲しみ、苦しみのないものを書こうとは思わない」と述べています。彼は、楽しいだけの話ではなく、「苦しみの末のハッピーエンド」を描きます。
本作の主人公「私」も震災という想像を絶する悲しみ、苦しみを経験します。彼女は、それでも懸命に生きます。表題作をはじめとする14の短編は、どれも懸命に生きる人々の物語です。本作では、苦難があっても懸命に生きることで見える希望があるのだと、教えてくれているのではないでしょうか。
長すぎ?30年間の複雑な恋愛模様
- 著者
- 乙川 優三郎
- 出版日
- 2015-11-10
2015年刊行の『ロゴスの市』。乙川の美しい筆致が冴える、長編現代小説です。
昭和55年、大学のサークルで出会った成川弘之と戒能悠子は、お互い英語が得意という繋がりで仲を深めていきます。卒業後、成川は大学で助手をしながら翻訳活動を、戒能は留学をして、同時通訳者の道を歩みます。戒能の帰国時に、お互いの近況を話し、次の春に再会する約束を交わしますが、戒能の仕事の都合でそれは叶わなくなります。ふたりは疎遠となり、戒能は血のつながらない兄と結婚することが決まります。
20歳の大学生時代から、30年間の邂逅とすれ違いが描かれる長編小説。お互いを意識し合ってもどかしい学生時代、お互いの道を行く現在、すれ違う未来−−翻訳を絡め、精緻な文章で描かれます。ハッピーエンドでもバッドエンドでもない、「これでよいのだ」という乙川ならではのラストは必読です。