西加奈子の作品をお得に読む
2位:西加奈子にとっての記念すべき一冊
西加奈子『サラバ!』は、作者がデビュー10年目の節目に手がけた作品で、「とにかく長いものを書いてみたかった」とのことで執筆したそうです。2015年に直木賞を受賞し、本屋大賞2位にも選出されたことで大きな話題を呼びました。
主人公は圷歩(あくつあゆむ)。イランで生まれ、日本に一時期戻ってから次はエジプトで生活することになり、また日本に戻ってくるという少年時代を過ごします。
作者の幼少期と同じですね。10年目に一念発起して取り組んだ作品ということで、作者と主人公がシンクロしているのが感じられます。
日本に戻った歩は順風満帆に生きていきます。女の子からはモテモテ、ライターの仕事は大きな反響を受けて世界中を飛び回り、一流ライターとして名をはせているのですが、そんな成功者を絵にかいたような歩にも暗い事情があるのでした。家族の存在です。父と母はエジプトに居た頃に衝突して今や別居中、姉は情緒不安になり暴力をふるうようになってしまっていたのです。
少しずつ人生の歯車が狂い始める歩。そんな折、エジプトで事件があったというニュースを聞きました。どうやら、エジプトに住んでいた頃に親しくなった友が危ないとのこと。両親のケンカの発端を知ることもかねて、友人を救うために歩は慣れ親しんだエジプトに再度足を運ぶのでした……。
- 著者
- 西 加奈子
- 出版日
- 2014-10-29
本作のユニークな点は、エジプトの描写がとてもリアルなところです。作者が実際に数年間住んでいたということもあって、その生活の様子や現地の人々とのやり取りなど情景描写が繊細です。読んでいると、行ったこともないのにエジプトの景色が目の前にありありと映し出されるようです。
そして驚くのが、この壮大なストーリーを設計図もなしに書き上げた事です。小説を書く時には、プロットと呼ばれる構成をあらかじめ決めて書く方が多いそうですが、本作にいたってはそのようなことは全く決めていなかったんだとか。「ハッピーエンド、主人公は男、言葉を違えた男の子の友情」という要素以外には何も決めなかったそうです。
そして書いてみるやいなや、どんどん筆が進んで、原稿を入稿する時には「こんなにすんなりいっていいんだろうか」と逆な不安を抱えてしまったそうです。「自分で書きながら、登場人物に引っ張られるところがあって、めちゃくちゃ幸せになる瞬間がありました」と語る作者のこの作品は、実に10年目の節目にふさわしい壮大な物語となったのです。
タイトルの「サラバ!」にもしっかりと作中でエピソードがあって、なぜこれがタイトルになったのかということも分かります。西加奈子とはつくづく言葉を大切にする作家なのだと実感する一冊です。
1位:じぶんらしく強く生きること
「漁港だからってみんな魚ばかり食べたくないだろう」という頓狂な発案から執筆を始めたという『漁港の肉子ちゃん』は、西加奈子という「大阪のおばちゃん作家」を全面に押し出した傑作となりました。小さな漁港で暮らす母と娘の温かな人情小説です。
悪い男に騙され続け各地を転々とした母とその娘が、ある安住の地で生活を始めることから物語は紡がれていきます。
タイトルにもなっている肉子ちゃんは、北陸の小さな漁港にある焼き肉屋「うをがし」で働く元気なお母さん。本名は「菊子」なのですが、丸々と太っていてしかも焼き肉屋で働いていることから、周りからは「肉子ちゃん」と呼ばれ親しまれています。性格は自由奔放で底抜けに明るく、移住してきたにもかかわらず歯切れのよい関西弁で豪快に話します。
一方、その娘のキクリンは母とは違っていたってクール。友達と話す時も関西弁ではなく周りの言葉に合わせ、自由気ままに振舞う母の姿に時には嫌気がさしてしまう、年頃の娘です。しかし、そんな母でもかけがえのない存在であることは間違いなく、母の天真爛漫な様子をうらやましく思うこともあるのでした。
とはいいつつも、やはり母のことが気がかりな娘・キクリン。関西から引っ越してきた事や少々明るすぎる母のこともあって小学校での人間関係に悩んでしまいます。自分は母のことが好きだけれども嫌いでもある、そんな葛藤に苦しむ娘をみて、肉子ちゃんは大切なことを教えるのでした。
- 著者
- 西 加奈子
- 出版日
- 2014-04-10
母と娘、そして周囲の人間ひとりひとりが実に魅力的な人物に描かれていて、終始心温まるお話になっています。
地方の田舎にある小さな漁港と聞くと、ともするとうら寂しく廃れたイメージを持ってしまいがちですが、そんなイメージは一切感じさせることがありません。肉子ちゃんを通し、作者自身が持つ明るさで包まれています。
本作にはそのような作者・西加奈子の大阪愛、関西弁の温かさのようなものを強く感じさせるものがあります。『円卓』では終始関西弁で話す登場人物に囲まれていますが、本作では舞台が東北地方なので、そのセリフが特に際立つのです。言葉を大切にする作者の思いが特にこめられた一冊ですね。
人情のこもったお話と言葉へのこだわりは西加奈子の神髄であり、作者の温かな人となりが特に感じられる一冊として、第1位に選出しました。