変貌した地球『地球の長い午後』
遥か未来の地球を描いた、SFとファンタジーの境界に位置する作品です。
小説内で描かれる遥か未来の地球はまさに異形の星と化しています。太陽は肥大化し、さらに地球は自転をとめ「永遠の昼」部分と「永遠の夜」部分に分かれていて……『地球の長い午後』というタイトルは、この「永遠の昼」部分を指しているのでしょう。
天候が変化すれば住まう生物も変化する。この地球では永遠の昼がもたらす熱帯効果により、あらゆる植物が巨大化しています。人間社会は崩壊しており、生き残った人間たちは地球の主役となった植物・昆虫たちの影に隠れながらひっそりと暮らす姿が描かれます。
- 著者
- ブライアン W.オールディス
- 出版日
- 1977-01-28
この小説の注目点はそのほとばしるイマジネーションです。その象徴たるのが「ツナワタリ」の存在でしょう。「ツナワタリ」とは月と地球を結ぶ糸で生活する全長数キロにもなる巨大なクモです。月と地球が、クモの糸でつなぎ留められている……想像さえできませんよね?
もちろん、ツナワタリだけが素晴らしいわけではありません。トラバチ、木蜂、草蟻、ハガネシロアリ、ポンポンなどなど異形の世界を形作る住人たちが次々に描かれ、「この生物はどんな生物なのだろう」与えられる情報から各生き物の姿を想像することがとても楽しく、読者のイマジネーションが問われる瞬間が次々に訪れます。
そんな世界に生きるひとりの少年、グレンを主人公として物語は進みます。ちなみにこの小説は『風の谷のナウシカ』の元ネタであるといわれており、『風の谷のナウシカ』に登場するグロテスクな植物・昆虫たちのルーツが垣間見える1冊です。
人に味方したのは、狂ったネズミだけだった『ドクターラット』
世界幻想文学大賞を受賞した本作はブラックユーモアに満ち溢れた恐ろしいファンタジー小説です。
簡単にあらすじを説明するならば「世界中の動物が人間に反旗を翻した。しかし、唯一人間の味方となったのは狂った実験ネズミだけだった」です。
この狂った実験ネズミというのがタイトルにもなったドクターラットです。彼が主人公となり「人間VS動物」という地球を二分に分ける状態を描いていきます。小説序盤、ドクターラットは実験室の異変に気付きます。収容されている実験動物たちに落ち着きがなくなっている……ドクターは他のネズミに話しかけますが、彼らの説明する「自分に起きている異変」というのが抽象的すぎて、あまり理解することができません。
しかしその騒動は世界規模のものへと変化し、食用豚は自我を得、牧場の牛は囲いを突破して自由への道を疾走し、飼い犬・野良犬たちは一致団結してある方角を目指して動き始めます。動物たちは人間の支配から脱却しようと、世界規模の自由動物運動を展開していくわけですね。
そんな彼らをとめようとする唯一の動物はドクターラットだけでした。彼は動物たちに向け、「我々動物には魂がないのだ!」と訴え、人間への服従を続けよと主張するのですが……彼の言葉は届くはずもありません。そこでドクターラットは人間至上主義を掲げたまま、動物の反抗を食い止めるために孤独な戦いを展開します。
- 著者
- ウィリアム・コッツウィンクル
- 出版日
- 2011-03-16
読んでいると感じるのは得も知れぬ恐ろしさ。世界中の動物に起きた異変、人間VS動物の構図……もしも、これが現実で起きてしまったら? そう考えただけで、背筋がゾクリと寒くなる。豚が「わたしはわたしだ」と自我を得た直後に食肉加工されるシーンなどはまさにホラーじみた恐さを感じてしまうでしょう。
その恐ろしさの中心に立つのが「ドクターラット」に他ありません。彼は人間に従うのが動物であるという思想を掲げ、人間に味方していくわけですが……小説を読んでいるうちに、彼が狂ったネズミであるならば、彼と同じ考えの元動物を虐げる現代人はどうなのか、という疑問が脳裏をよぎります。
唯一の救いはドクターラットにユーモアがあるということでしょうか。本人(本ネズミ)は真面目にやっていることでもどこか調子はずれでかわいげがあって、とても微笑ましい。しかしながら彼の知識や考察はまさに博士的であり、道中メスネズミに迫られた際は自身が去勢されていて事に及べなかったにもかかわらず「不毛な快楽だ」と吐き捨てるなど、キャラの濃さで雰囲気を和らげてくれます。
アルジャーノンやジェリーなど、世界で愛されるネズミはたくさんいますが、ここまで人間の味方になる珍妙なネズミはきっと彼だけ。
そんなドクターラットの戦いは報われるのか? 動物たちの反乱の結末とは? とても読み応えがあり、考えさせられる大人のファンタジーです。
サメが泳ぐ街『もうひとつの街』
チェコ人が描く幻想譚。欧米とはまた違う東欧の幻想を堪能することができます。
小説の舞台はプラハ。物語の語り手であるわたしは、ある日古書店で1冊の本と出会った。本には署名も著者名も記されておらず、本を開くとそこには見知らぬ文字で文がしたためられていた。語り手はそこに別世界の存在を感じ取り……これをきっかけにし、プラハの街に共存する「もうひとつの街」を語り手は発見していきます。
- 著者
- ミハル・アイヴァス
- 出版日
- 2013-02-22
作中に挿入される小話がとてもシュールで面白く、読んでいるだけで「??」となってしまう。例えば、
「水の壁から魚が顔を出して映画について語り始め、気がつくと美女が悪魔と一緒にクッキーをむしゃむしゃ食べている話になってそしてカニになったピアノが寝室を這い回って、最終的に映画館のホールから逃げ出そうとしたけど鍵がかかっている」
これでも読みやすいように整理しましたが、それでも意味が分からない。言葉によるイメージの連打が思考を狂わせ……そのほろ酔い感がなんとも心地よく響く。こういった東欧独特の幻想ヴィジョンがプラハの街を飾り、独特の、引き込まれる雰囲気を形作っています。
また姿を見せる「もうひとつの街」が不可思議すぎる。書棚の奥深くにジャングルがあり、雪の上で魚がぴちぴちと踊っていたり、チベットまで伸びる路面電車から姿を変える水蒸気の彫像、それから街を泳ぐサメなど、夢幻が闊歩する風景が当たり前の存在のように描かれ、静かな迫力をもって読者に迫り来る。
語り手はそんな「もうひとつの街」の存在に翻弄されますが、ひたむきに、一途にその街を追い求めていく。シュールレアリスム的言葉遊びと、まったく異質な「もうひとつの街」へ挑む語り手の冒険譚……東欧幻想文学を読みたい方にはぜひとも手に取っていただきたい1冊です。