幻の大根の味は?読んだら野菜が食べたくなる!
江戸詰め藩士だった夫が大坂赴任を命じられ、共に大坂の地に来てわずか1年後、夫に病死された知里が主人公。夫の国許である美濃から夫の義弟が出てきて家を追い出され、自分の生家は兄嫁が支配していてもはや居場所がなくなっていた知里は、仕方なくひとりで、大坂で生きていくことに決めました。
手習い所の男師匠に雇われて女師匠としてわずかな給金をもらって細々とやっていた知里ですが、住んでいた長屋に空き巣が入り、家賃も払えなくなってしまいます。口入れ屋(仕事を斡旋するところ)に仕事を探しに行ったところ、知り合いになった清太郎の紹介で、清太郎の家である、大きな青物問屋(八百屋の問屋)に住み込んで、女中奉公することになりました。
店主の妻であるお家さんの志乃は厳しく、知里の一挙一動に目を光らせてお小言を言いますが、知里は、朝から晩まで身を粉にして働きます。そんな知里にも、楽しみなことができました。それが、“食べること”です。江戸の武家とは違って、大坂の商家では、食べ物が豊富で、女中の知里にもおいしい料理が出され、台所女中のおかねとも親しくなります。
- 著者
- 朝井 まかて
- 出版日
- 2014-05-15
奉公に来て以来、紹介してくれた当の本人の清太郎の顔を見ることがないことに気づいた知里は、若旦那である清太郎が、遊び人であることを知ります。
本当の清太郎は、生産者であるお百姓達を大切にする人だったのですが、問屋商の組合仲間からは理解されません。
知里は、店では見られない清太郎の野菜に対する熱い思いを知って、徐々に惹かれていくようになります。
厳しい志乃が生きてきた道、女中仲間のおかねの人生などを絡ませて、知里の変化や清太郎との関係が温かく描かれ、ラストで胸がいっぱいになります。
御松茸同心?何それ?
江戸の尾張藩上屋敷で、亡き父の後を継いで、用人見習いとして経理や庶務の仕事に精を出す榊原小四郎は、周りで働く年輩の上司達のゆるい仕事ぶりに苛立ちながら、心の中では見下し、いつかは出世してみせるとの野望を胸に抱いていました。
そんな小四郎をさらに苛立たせる存在が、尾張から参勤交代で江戸に来ている遠縁のおじさん達、勘兵衛・藤兵衛・伝兵衛の3人、まとめて“三べえ”です。瓢箪を逆さまにしたような顔の勘兵衛、美男に見えなくもないが鼻が赤くてぼんやりした藤兵衛、首が短くずんぐりした身体の上に立方体のような顔が乗っている伝兵衛、この3人は、小四郎の亡父の友人でもあり、江戸に来る度に小四郎の家に集って飲み食いしては騒ぐので、家に帰ってからも将来のために勉強したい小四郎にとってやっかいもの以外の何者でもありません。
小四郎の生母は小四郎を生んですぐに亡くなり、育ててくれたのは生母の妹である稲でした。この稲ができた人で、飲んで騒ぐ三べえにもいやな顔ひとつ見せるでなく、気持ちよく接待し、家計のやりくりも上手で、学問の素養もあり、小四郎に幼い頃から学問を身につけさせたのも稲でした。
ある日、小四郎は上司に呼ばれ、尾張で“御松茸同心”としての勤めを果たすように命じられます。尾張国の特産品で、上納品やお歳暮などに需要の高い松茸が、このところ不作続きなので、どうにかして松茸の生産量を増やすようにとの仰せ付けでした。御松茸同心なる役名すら知らなかった小四郎は強いショックを受けますが、逆らうわけにもいきません。
当然尾張までついてくると思っていた養母の稲からは、子育ての役割は果たしたからこれからは自由に自分のしたいことをして生きていきたいと言われ、二重のショックを受けながら、不始末をしでかして国許に帰されることとなった三べえと共に尾張への道を歩く小四郎でした。
無事、尾張の地に着くと、地元の山を守る同心の権左衛門から聞く仕事の中身や地元との関係を築くのは想像以上に難しく、権左衛門の孫娘である千草からは軽くあしらわれる始末。初めて出会った、自分以外の御松茸同心の栄之進に至っては、拝命してから15年経つが江戸からは何の知らせもなく、どうやら自分は忘れられた存在らしいと聞かされます。
机上の仕事しかしたことのなかった小四郎が、自然の中で身体を動かしながら働くうちに、自分のやるべきことに気づき、今まで自分にうぬぼれて他人を見下してきた自分の愚かさも見えてきます。
- 著者
- 朝井 まかて
- 出版日
- 2014-12-10
この作品は、ひとりの青年の成長物語で、やっかいものと思ってきた三べえに助けられたり、
礼儀知らずでがさつな女の子だった千草から教えられたりしながら、仕事や人間関係において大切なものを自ら学んでいく小四郎の姿が半ば滑稽に描かれています。
三べえがそれぞれに個性的で面白く、くそ真面目な小四郎がユーモアを解する柔軟な心持ちに変わっていくさまは、読んでいてとても気持ちがいいのです。
完璧な人に見えた小四郎の養母のキャラクターが、途中から崩れてくるのも面白おかしく読むことができます。
親子の愛・近所づきあい・初恋・友情!盛り沢山な中身をユーモラスに描く!
かつて、こんな型破りな医者がいたでしょうか?平気で患者を待たせ、口が悪く、下世話な話が大好きな小児の医者、それが天野三哲です。
「子どもは体が小さいから大人を診るよりラクだろうと思って小児専門の医者になった」と言ったり、子どもの症状を説明する親に「うるさい!」と怒鳴ったり、「藪のふらここ堂」と呼ばれても全く気にしません。
父親の仕事を助けて受付、計算、待合室で患者をなだめる、これらの仕事を一手に引き受けているのは、娘のおゆんです。生まれてすぐに母を亡くしたおゆんはしっかり者ですが、三哲に似ず引っ込み思案な女の子。
おゆんは、母はいなくても、近所のお安と産婆のお亀婆さんから愛情いっぱいに可愛がられて育ちました。大人の中で育ったせいか、お安の息子で、同じ乳を飲んで育った次郎助以外の同世代の若い人とのつきあいが苦手でした。
一方、はきはきと明るい青年である次郎助は他の若者達ともよく遊び、人気者のようです。そんな次郎助は、最近、実家の果物屋を放っておいて、医者になりたいと言って三哲の下で修行しています。
お亀婆さんの暮らす長屋に佐吉という薬種問屋の手代が引っ越してきました。佐吉はたいそういい男っぷりで、お安とお亀婆さんは胸をときめかせます。妻に死なれて勇太という幼い息子をひとりで育てている佐吉のためにと、なにくれとなく勇太の世話をするお安とお亀につられて、いつの間にかおゆんも勇太の世話をするようになっていました。
さて、藪医者として名を馳せていた三哲ですが、余った薬を使って丸薬を作ることを思いつき、できあがる前から風呂屋で吹聴していました。そのせいで、丸薬目当てでやってくる患者が増えて、ふらここ堂はここのところ大忙しの日々です。そんなある日、三哲のもとを、御公儀のお使いが訪れます。庶民にとっては雲の上の存在である徳川家の将軍が、三哲にいったい何の用があるというのでしょうか。
- 著者
- 朝井 まかて
- 出版日
- 2015-08-20
型破りにしか見えない父を褒める佐吉の言葉を聞いてから、父が、実は子どもの体質や症状を見極め、薬に頼らず、体が本来持っている治癒力を引き出そうとしているいい医者なのかもしれないと思い始めるおゆん。
誰も知らなかった三哲の出自、佐吉の過去、おゆんと次郎助達の恋模様などを絡ませながら、ユーモラスな筆致で描かれた人情ものです。周りの若者に引け目を感じて悩むおゆんに、いつもはふざけてばかりのお亀婆が話してくれたことに、じーんときます。
ちなみに、“ふらここ”とは、ブランコのことで、三哲の庭にありました。ブランコを漕ぎながら、おゆんはどんなことを思うのでしょうか?