芥川賞だけでも大変なことなのに、あらゆる文学賞の果てにノーベル賞まで受賞した大江健三郎。冷静に人間を見つめる目と硬質な文章が特徴です。そんな、大江健三郎の作品のおすすめを9作ご紹介します

「僕」は戦争というものも、その状況の中での黒人兵の立場もわかっておらず、子どもとしての世界で完結しています。飛行機が墜落した理由、黒人兵の処遇、人質にとられる理由のすべてが理解できていなかったのでした。
- 著者
- 大江 健三郎
- 出版日
- 1959-09-29
生まれつき障害のある我が子の養育を放棄してしまった夫婦と、アメリカへの遊学から帰国したものの、かつての学生運動の影響で暴力に怯えつつ暴力的傾向を持つ弟の姿と、彼らの故郷・四国の村での事件が描かれています。
- 著者
- 大江 健三郎
- 出版日
- 1988-04-04
大江健三郎には脳に障害を持った息子、光がいます。その光との暮らしをきっかけとして書き上げた小説のうちのひとつがこの『ピンチランナー調書』です。
息子たちが通う学校で出会った「森」とその父親である「森・父」について描かれています。最初は筆者とのやりとり目線で記述されますが、途中からは「森・父」の要求に基づく、「森・父」のゴーストライターとして物語が記述されるのです。
家庭でいさかいがあった翌日に目覚めたとき、「森」と「森・父」は「転換」していました。「転換」とは8歳であった「森」は28歳に、38歳であった「森・父」は18歳に「転換」してしまうのです。
28歳に「転換」した「森」は、静かに老成した青年になっていました。その行動は勇敢で的確、しかも慈しみを与えるものであり、それをみる「森・父」は、驚きつつも、当然のこととして納得するのです。老成していた息子が、ことを成し遂げるとき、父である「森・父」はしっかりとそれを見届け、物語が完結、昇華していきます。
- 著者
- 大江 健三郎
- 出版日
- 1982-03-29
大江健三郎は本書のあとがきの中で、本書の表紙に採用されている大小の人間が並んだ図に言及しています。父は「大きいほうが父で、小さいほうが息子」と判断していましたが、息子のほうは「大きいほうが息子で、小さいほうが父」とみていたことに本書の着想を得たそうです。どちらの見方も正しく、どちらにも行ったり来たりできることが小説あるいは人間の自由な部分であり、そのことを小説として構成することで新たな物語を創り上げることができると述べています。
脳に障害を持つ息子と暮らしていくという現実世界に対し、物語として再構成された世界から提示される明るい暖かな光が、この物語を読んだ読者に心の安寧をもたらすのだと思います。
妙に閉塞感が漂っていますが、打破する目標が明確ではない中、航海団は迷走しながらも前へと進んでいこうとするのです。知的障害者ジンの静かな口調、粘着質めいた性描写や伊奈子ののびのびした性格などが、物悲しい物語を美しく彩っています。
- 著者
- 大江 健三郎
- 出版日
『頭のいい「雨の木」』『「雨の木」を聴く女たち』『「雨の木」の首吊り男』『さかさまに立つ「雨の木」』『泳ぐ男――水の中の「雨の木」』の5本からなる連作小説で、ある言葉がひとつ前の言葉を打ち消したり、ある章がその前の章を打ち消したりしながら進行していく独特な展開をしていきます。そして、収録作品のタイトルすべてに使用され、彼らをおおうように描かれている「雨の木」には、荒涼とした社会への再生をイメージしているような存在感があるのです。
- 著者
- 大江 健三郎
- 出版日
- 1986-02-27
冷たくて難しくてかちっとした文章や構成という大江作品のイメージが覆る、あたたかな作品です。ベースは冷静なのに、そこはかとなくあたたかいのです。息子さんをモデルにしているからでしょうか。
- 著者
- 大江 健三郎
- 出版日
- 1995-09-04
- 著者
- 大江 健三郎
- 出版日
大江健三郎が23歳から書き始めた長編小説です。恋人の娼婦と夜を共にしながら大学生活を送る靖男を中心に、バンドマンの弟など周辺の若者の性的で退廃的な生き方を、その時代の若者の目線で描いた作品です。
靖男は年増の外人専門娼婦に囲われて生活しながら、大学生活を送っています。そんな中、懸賞がフランス留学となっている論文に応募、期待していなかったものの最優秀に選ばれ、フランス留学を手にするのです。しかしそれは恋人との別れを意味することでもあります。囲われて暮らすこの怠惰な生活から抜け出したいという思いが、恋人に対して醜い想いとなって現出するのです。
弟の滋は同い年の康二と朝鮮人の高の3人で若者ロックバンドを組み場末のライブハウスで活動しています。群れてくる女性ファンに媚びを売ったり、しりぞけたりしながら社会に対しては斜に構えた生活を送ります。それこそが、彼らの時代なのです。
そんな中、冒険的に刺激を求めるため、天皇行幸の車列に手榴弾を投げ込む計画を立て、失敗します。それまでバンドで世間に反逆ののろしを立てていたものの、手りゅう弾を投げ切れなかった弱さを3人は痛烈に実感するのです。
- 著者
- 大江 健三郎
- 出版日
- 1963-07-02
昭和30年代の朝鮮戦争以降の時代背景、当時の若者世相を色濃く反映した長編小説です。当時の若者文化、若者の考え方そのものに挑戦、冒険した小説でもあります。大江健三郎の、その後の難解で落ち着いた文体とも異なり、チャレンジ作品です。
若者は何を考え、活動に耽るのか?今の時代とのギャップは何なのか?想像してもきりがありませんが、果てしない世界がそこには広がっており、大江健三郎の幅広い才能に向き合うことができます。
過激な性描写とトピックスが荒々しい青春の光と影を描写します。
初めての性交で梅毒にかかったのではないかと恐れる「僕」は、診療した医師からあるアメリカ人を紹介されます。そのアメリカ人はヨットで世界一周する仲間を募っており、一緒に共同生活を送るのです。一緒に暮らすのは、アメリカ人であるダリウス・セルベゾフと黒人の「虎」、朝鮮人と日本人のハーフである呉鷹男。4人で暮らしている時が最も青春を謳歌する時間だったと後から知るわけですが、暮らしている最中は小さなトラブルに見舞われ、4人の間も溝が出来たり、支えあったりします。
そんな黄金の時間も、すこしずつ崩れ去っていきます。ダリウス・セルベゾフは少年に対する誘拐監禁容疑で国外追放となるのです。「虎」はアフリカへ帰ることを夢見て横須賀で銀行強盗を計画、憲兵に射殺されてしまいます。そして、僕が結核にかかりサナトリウムで静養している間に、鷹男は「怪物になるために」少女を扼殺して、死刑の判決を受けるのです。
- 著者
- 大江 健三郎
- 出版日
- 1990-03-05
各人が持つ性癖や出自に縛られ、目指していた夢が破滅へとつながってしまいます。それが仲間の散逸に至り、孤独へと陥ってしまうのです。「荒涼として荒涼と荒涼たり」と、孤独と挫折のなかで「僕」は静かに叫びます。
若者特有の青春に対する焦燥感や孤独感を、過激な性描写や突飛な行動で荒々しく描写することで、がつがつとした雰囲気が巧みに表現されています。それが読む人の心にずかずかと突き刺ささってくるのです。『叫び声』を読んで、明るさと暗さが併存していた青春時代を振り返ることができるのではないでしょうか。
ノーベル賞作家ということで敷居が高いと思われがちな大江健三郎。ですが、しっかり読んでみると優しくあたたかな作品もあるのです。難しくない作品からでも手にとってみませんか?