「恥の多い生涯を送って来ました」太宰治『人間失格』の一節です。読書が苦手だった私が不思議なくらいスラスラ読めた、太宰の独創的な表現スタイル。今回は、心がぐらりと動いた15作品をご紹介します。

物語は、ある男が役人に自分の師を捕らえてもらいたいと訴えるところから始まります。男は自分の師がいかさま師で、民衆をだましているのだというのです。
主人公の男は師を尊敬し、物心両面にわたり尽くしてきたのですが、師が自分の奉仕を喜ぶことなく、むしろ自分を蔑むような発言ばかりしてきたことに憤りを感じ、師を裏切ることを決意します。現実主義者の男は現世の幸せこそが大事で、師が説く神のことや死後の世界の事などまったく信じていませんでした。しかし自らの利益を欲さず人のために尽くそうとする師の心の美しさだけは理解し、師を愛していたのです。
金銭感覚に優れ現実の世界で上手に生きていける才能がある主人公は、愛する師に対し、危険な布教活動など止めて自分が養ってあげるから一緒に幸せに暮らしたいとさえ願いますが、師はそんな主人公の気持ちをまったく受け入れません。そして主人公にとって他の弟子たちは盲目的に師の言葉を信じるだけで自分の思考を全く持たない愚か者のように見えるのですが、師はむしろそんな弟子たちの方を大事に扱い、主人公は嫉妬するのです。報われない愛は、やがて憎しみへと変化していきます。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 2007-07-21
本作は新約聖書のパロディで、イエスを売った裏切り者のユダの話をベースにしているのですが、新約聖書を読んだことのない読者でも本作に込められたメッセージに心を捉えられることでしょう。まるで片思いの恋愛物語のように話は進みますが、本作には現実と理想、精神と物質、聖と俗、目に見えるものと目に見えないものなどの対比が描かれています。
物語は終始主人公が1人で語ることで進み、他の人物は一切登場しませんが見事な描写によって他の全ての人物が鮮やかに想像できます。短編の名手、太宰治の数多くの短編の中でも最上級の作品の1つです。
作品は、妻「私」が夫に宛てる別れの手紙が主体となっています。無名画家に強く惹かれ、親の反対を押し切って結婚をした「私」は、夫を献身的に支え、充実した新婚生活を送っていました。そんな中、夫の絵が高く評価され、世間に認められるようになると、生活が一変、自分の力を発揮する場所を奪われます。場所を奪われた「私」の生活の中に入ってきたものは、モノやカネ、そして夫の尊大な態度でした。手紙では、「私」が夫に対する不満を一つ一つ丁寧に並べ、別れを決心します。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 1974-10-02
この作品、所々で「私」の妄想スイッチがON!になるところが、最高に面白いです。おいおいそこまで遠くに行っちゃう?と突っ込みを入れたくなりますが、思い当たるふしがあるので、急に恥ずかしくもなります。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 2009-05-23
こんな場面があります。井伏鱒二氏と山登りをする時に、井伏氏は完璧な登山服を着ていたにも関わらず、「私」はどてら(着物)姿で山を這うように登り、頂上まで登ったものの、濃い霧で景色を全く見ることができません。偶然立ち寄った茶屋で、二人を可哀そうに思った老婆が、霧が晴れた時の富士山の写真を見せながら、必死に説明しているひたむきな姿に、二人は思わず笑ってしまいます。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 2009-04-01
第一の手記に、私が思わずドキッとしてしまった場面があります。父の東京出張を控えたある夜、子ども達を客間に集め、どんなお土産がいいか一人一人尋ねていく場面です。いざ自分の番になると頭が真っ白になり何も答えられない葉蔵。父はだんだんと不機嫌になり、「獅子舞は?」と葉蔵に尋ねます。それにも答えられず、長兄が「本がいいんじゃないですか?」と助け船を出し、その場は解決。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 2007-06-23
もう一つ注目したいのが、物語の終盤に登場する「革命」という言葉。「革命」という言葉には、国家や社会の組織の急激な変革を行う、フランス革命のように過激で血を流すような漠然としたイメージがありませんか?『斜陽』に出てくる「革命」は、ひと味違います。「革命」には、壮大な作者の思いが込められていると思えてなりません。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 2009-05-23
メロスはまじめで信頼を裏切らない男ですが、やはり妹や妹婿に別れを告げる前や、山賊に襲われたときなどは、戻る事へのためらいやあきらめの気持ちがよぎります。元ネタを考えると、このメロスの苦悶は太宰自身の言い訳にも思えてきて、滑稽です。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
この『パンドラの匣』と一緒に収載されている『正義と微笑』でも、青春まっただ中の主人公が、悩みを振り切った姿が描かれています。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 1973-11-01
新潮文庫の『ろまん燈籠』には、ある女生徒の一日を描いた『女生徒』も収録されています。ちょっと生意気な主人公ですが、物語の終盤にこんなことが書かれています。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 1983-03-01
この作品で題材になった物語は、どれも不条理な結末を迎えるものばかりです。戦争によって日常が脅かされる人々を見て、そこに理不尽さを感じながら、この作品を書いた・・・と思えなくもないですが、そんな優等生っぽい真面目さは、太宰にはちょっと似合いませんね。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
先にお伝えしておきたいのがこの物語は完結していません。描きかけのまま太宰治が亡くなってしまったのです。しかもどんどん盛り上がってくるいい場面で途切れているのがとても惜しい。ただ、惜しくはありますが、その続きを自分で想像できるというのもこの作品の楽しみ方かもしれません。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
太宰治の処女作品で、15編の短編から構成されています。作中に「晩年」という作品は、一つもありません。にもかかわらず、『晩年』なんていう暗い題名がついているのは、作者が、この作品集を、自殺前提で、遺書のつもりで書き遺したからでしょうか。
「私はこの本一冊を創るためにのみ生れた」と太宰治自身が書いているように、23、4歳の太宰は、この本に自分の人生を全て刻みつけようと、十数年、命を削るようにして、この短編集の一つ、一つを作り上げていったということです。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
そんな話を聞くと、どんなに重苦しい短編集なのかと思うかもしれませんが、笑える作品も、たくさんあります。
例えば、「ロマネスク」などは、のちに、滑稽作品の名手として鳴らす太宰治の才能を早くも発揮しているような作品で、仙術太郎、喧嘩次郎兵衛、嘘の三郎という名前だけでも、ヘンチクリンな3人の人物に、それぞれ光を当てて、イキイキと描き出した作品です。
その他、幼少期の感傷を克明に描き出した「思い出」。バーの女性と心中自殺をはかりながらも、自分だけ生き延びた心中事件を題材にした「道化の華」など、太宰治自身の人生を投影した作品も多数。多彩な色合いの作品がそろった短編集。太宰治の人生を知った上で読むと、また違う面白さがあるでしょう。
太宰治が津軽半島を3週間かけて旅した際の体験を綴った作品です。太宰には自分の生まれた地方を一度は隅々まで見ておきたかったという思いがあり、出版社の友人からも津軽の事を書いてみないかと言われたことから、津軽旅行を決意します。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
東京と比較して東北の風習は洗練されていないと言う一方で、無骨に見える振る舞いに込められた郷土のおもてなしの精神を高く評価しており、物資の少ない時でも近所から配給の酒を集めてくれるなど様々な手法で歓待してくれる昔なじみの友人たちへの感謝と感動がにじみ出ています。郷土贔屓が過ぎないよう、大袈裟になりすぎないようにと太宰らしいユーモアのある表現で客観性を心がけて描いていますが、郷土に対する溢れる愛情が伝わってくる作品です。
また、郷里に根を下ろし地元の名家である実家を守る兄たちとその家族に対する幼いころからの遠慮と羞恥心、その中に見え隠れする反骨心なども読みとることができ、太宰を太宰治たらしめた心の原点も垣間見ることができます。
旅行中に立ち寄った津軽半島の各地の風物や名産品の紹介などもあるうえ、昭和初期の東北地方の生活や文化も知ることができ、さらには北海道のアイヌと東北のアイヌの相違や、江戸時代から現在まで東北地方を襲った津波や凶作の事なども紹介されており、紀行文としてだけでなく歴史書としても読みごたえのある、素晴らしい作品です。
主人公の男は犬が嫌いで、犬に噛みつかれる事を極度に怖れています。当時は現代と違って野良犬が当たり前のようにいたので、町の中や道端などで危険な犬に遭遇する機会が多かったのです。ある時、犬に噛まれた友人が狂犬病の予防接種をするなど3週間も病院に通う羽目になったことから、主人公はますます犬を怖れるようになるのでした。
主人公は、どうすれば犬に襲われずにすむかと犬の心情などを想像するようになります。そして主人公がたどり着いた方法は、犬に愛想を振りまくことでした。それからは犬を見たら愛想よく微笑みながら静かに通り過ぎていたのですが、そんな態度のせいか逆に犬から好かれ、道を歩けば野良犬がついてくるようになってしまいます。
大抵の犬は歩いているうちに結局どこかに行ってしまうのですが、ある日小さな犬が一匹だけ家までついてきて、そのまま庭に住み着いてしまいます。
主人公は犬を怒らせないように丁重にもてなし、犬が自発的に去ってくれるのを待っていたのですが、犬はいつまでも居座り続け出ていこうとしません。そんな犬に主人公はとうとうポチという名前までつけてしまうのでした。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 2016-07-20
人の顔色を見て態度を変える犬に卑屈な自分自身の姿を見るように感じ、主人公はますます犬を不快な存在のように言うのですが、犬を相手に愛想を振りまいたり怒らせないようにしたりする様子は、犬を感情や思考能力のある存在として人間と対等に尊重する優しさを感じさせます。
突然やってきた犬に翻弄される主人公を、過度な真面目さとユーモアを織り交ぜて描いた、太宰治らしい微笑ましい短編です。
『ヴィヨンの妻』はある夫婦の物語を妻が語る形で進んでいきます。夫は毎晩のように酒を飲んで深夜に帰宅するか何日も家に帰らないことがよくあり、発育に問題を抱える幼い一人息子がいるにも関わらず家庭をほとんど顧みません。妻は寂しいながらもその日常を淡々と受け入れて生活をしてきました。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 1950-12-22
一生を通して読み続け、笑いたいと思える太宰治の作品。ぜひあなたも、太宰作品に触れてみて下さいね。