現代の人間社会に一石を投じる問題作品!『殺人出産』
タイトルがなんともセンセーショナルな本作品は、内容も期待を裏切ることなく物議を醸した話題作となりました。センス・オブ・ジェンダー賞少子化対策特別賞という珍しい賞も受賞しています。それだけ、小説としてだけでなく社会的に与える意味が大きかったのでしょう。
本作品は「殺人出産」を含めた4作の短編小説が収録されています。どれもこれも鋭いアイデアで現代の常識とされるものに切り込んでいきますが、中でも表題の「殺人出産」はイチ押しです。
舞台は22世紀の世界。人間の生死を取り巻く考え方が一変した世界です。この世界では人間が自然発生的に生まれることはありません。つまり、恋愛や性行為の先に妊娠や出産があるのではなく、体外受精や人工子宮などで計画的に生産されるのです。科学技術が大発展を遂げたこの世界で新しい命をもうけるには、何か強い命へのきっかけのようなものが必要で、「殺人」こそがその動機となりうる、とされています。そして「10人産めば1人殺して良い」という「殺人出産システム」が導入されたのでした。
このシステムを使う人は「産み人」として「命を奪い、命を造る役目を担う」ことで崇め奉られます。産み人としての役目を果たさないうちに殺人を犯してしまうと、死刑ならぬ産刑で牢獄に入れられ、一生出産し続けるということになり……。
- 著者
- 村田 沙耶香
- 出版日
- 2016-08-11
生と死の概念が、今の私たちとは全く違う世界ですね。この世界では人を新しく産むことと人を殺すことが今よりもドライで、単純に足し算引き算で考えているようにすら思えてきます。「人1人消すなら、色々考慮して10人作ってからにしなさいよ」ってところでしょうか。現代の生命倫理からは考えられないことです。
しかし、このお話があながち間違ってもいないなと思わされるのは、概念なんていつ変わるか分からないからですね。たとえば、戦時中は人を殺せば殺すだけ母国では英雄として扱われました。今ではただの大量殺人犯です。数十年で概念なんて変わるのですから、このお話の世界観ももしかしたら、すぐ近くまでやってきているのかもしれません。そう思うと、この物語は近未来的なSFでもありますし、現代の生死観に疑問を呈する社会派でもあります。色んなことを考えさせるお話です。
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「常識」を疑わざるを得なくなります『消滅世界』
これまた終末観漂うタイトルとなっていますが、こちらもかなりセンセーショナルなお話にです。一体何が消滅するんだ?と気になるところですが、その消滅のプロセスが三段階に分けて書かれています。
第一段階は、おそらく現代の話。男女が恋仲になって性行為を行い、子孫を繁栄させていく世界です。結婚して家庭を持ち、その家庭で育てられた子孫は親と同じプロセスを踏んで、また新たな家庭を築いていくのです。
第二段階では、性行為が前時代のものとなり、人々の性欲はもっぱら自慰行為によって処理されるようになります。全ての人は避妊処理が施され、子供をもうける時には人工授精を利用しなくてはなりません。また、家族や夫婦の概念が変わって夫婦間の性行為が禁じられるのです。夫婦は家族であるため恋愛の類のものであってはならず、恋愛をするならば家族の外で恋人を別に作る必要があるのです。
そして、第三段階の舞台はとある実験都市。ここでは家族の概念が完全になくなり、成人はすべて一人で生活することに。恋愛感情もなしに選ばれた男女が人工的に受精して、生まれた子供は育成センターで育てられます。親子という括りすらなくなって、成人はみんなが「おかあさん」となり子供を愛するのです。
- 著者
- 村田 沙耶香
- 出版日
- 2015-12-16
この物語で消滅するのは、家族や恋愛といった人間という生命体の生の根底を支える概念であり、性という生態的な機能です。それはこの世界を創ってきた基本的な歯車そのものであり、こうした生命の土台が失われることは世界を失うことと同じ意味合いを持つものです。
新しい世界は、恋愛における情念や性における欲望やドロドロした生々しさが全て排除された、極めて合理的で効率的な世界。この完璧に計算されつくした、清潔で完全無欠の理想郷をどこか空恐ろしく感じてしまうのは、「現代の常識」に囚われている証拠なのかもしれません。
「色んな価値観が崩れていく不思議な体験だった」と語る作者。現代では非常識とされることが許されて楽に生きられる世界を想像してみたかった、ということがきっかけとなって執筆を始めた本作品が示唆する事は、とても鋭い視点で描かれています。少子高齢化や未婚の成人男女が増えるこの世の中にあって、作者の描き出す世界というのは、そこまで非現実でもないことを読了後に感じさせるのです。
「本当の本当、という言葉が小さい頃からの口癖。本当の家族や愛って何?って。そこにたどり着く手段として小説がある」とも語る作者の作品は、小説の新たな可能性を見出す偉大な発明品なのでしょう。
人はこうして狂人となる『ギンイロノウタ』
野間文芸新人賞を受賞した本作は、「ひかりのあしおと」「ギンイロノウタ」からなる中編小説集です。どちらのお話もタイトルの爽やかさに反して不気味なのですが、ここでは表題作の「ギンイロノウタ」のご紹介を。
主人公は土屋有里という、臆病でなんの取り柄もない女の子。幼稚園でも友達が作れず、家では冷たい父とヒステリックな母に挟まれて息のつく間もありません。周りから見放され、存在を否定され続けていた有里ですが、自分が女性であることを武器にすれば生きていけると思い、早く大人の女性になることを夢みています。
ところが中一の初体験で大失敗し、唯一残っていた武器さえも失くしてしまった有里はますますふさぎ込んでいくように。学校でもバイトでもうまくいかない有里は、息を吸うようにストレスを溜め込んでいきました。そして、このストレスがはじけ飛んだ時、有里は殺人への衝動を抑えられなくなってしまい……。
- 著者
- 村田 沙耶香
- 出版日
- 2013-12-24
このお話のポイントとしては、人はこうして狂っていくのだ、ということがまざまざと描かれている所です。多くの人がえてして目を背けてしまうような物事を描くのは、作者の力量であるといえるでしょう。
ステレオタイプに言えば、けして望ましい世界ではありませんが、現実にこうしたこともあるということを気づかせてくれる、ある意味とても現実的なお話です。おどろおどろしい感情は誰しもが持ちうるものですが、普通であればそういったものは多くの人が隠して見せないようにしている。そんな人間の側面を小説に落とし込むのが本当に上手い、と実感させられる一冊です。