芥川賞作家なのに、ミステリーやSFの要素を織り込み、ユーモアたっぷりの作品も発表している奥泉光。特徴的でありつつも多彩な作家です。今回は、読者を「異世界トリップ」させる奥泉光のおすすめ作品をご紹介します。

前半は猫同士の会話、安楽椅子探偵もののスタイルで展開します。苦沙弥先生殺害の容疑者たちも上海に現れ、更にホームズの好敵手・モリアーティまでが登場し、「食人豚」などの動物兵器や時間旅行装置が出てきて、どんどん荒唐無稽になっていきます。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
- 2016-04-05
ヒロインの語りがこれだけ魅力的な作品はなかなかありません。面白くて冴えているんです。奥泉光の脳みそを覗いたらこんな感じなのかも?なんて思えるくらいです。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
そのような謎をめぐって、音大のピアノ科の受験を目指す「私」と後輩の天才ピアニスト・永嶺修人の物語はこうしてはじまっていきます。思春期特有の文系男子の友情と葛藤が巧みに描かれ、この作品に説得力を与えてもいます。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
- 2012-10-16
一見、ハチャメチャな感じですが、まったくそんな印象にならない奥泉光の筆力はさすがです。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
- 2008-08-05
真名瀬の3つの顔が交互に入れ替わりつつ、物語はテンポよく進みます。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
『東京自叙伝』では安政の大獄、明治維新から東北大震災にまつわる諸事件まで、数々の事件のその端緒に、全て「私」が関与しています。奥泉光にかかると、その告白伝は現実ではない、とも言い切れない物語となるのです。
「私」は、ある時は柿崎幸衛門の養子、柿崎幸緒であり、ある時は陸軍参謀となる榊春彦、そしてある時は放火犯の戸部みどりになっています。彼らはそれぞれ当人としての人生をまっとうしていきますが、ある期間は「私」が憑依して「私」として過ごしていくのです。
大量の鼠が現れ、大地震が発生するとき、彼らが「私」になります。これらをきっかけに、「私」は人物を渡り歩き、時によっては、当人同士が同時に「私」でありながら、同時に相対するという、もう訳が分からない状況が生み出されるのです。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
- 2017-05-19
「私」は東京にいる場合は活発に活動するのですが、東京を離れると急にやる気が薄れます。それもそのはず、「私」は東京の地霊なのです。この「私」がやることなすことテキトーで、悪い結果になっても「まあ、しかたがない、こう考えれば悪いだけでもない」と割り切っています。東京でのある人物の不作為が歴史を形作っていき、それが未来の東京に受け継がれていくのです。
『東京自叙伝』には過去と未来に対する強烈な皮肉と突き放しが描かれています。荒唐無稽な物語でありながら、どうしても次のページを繰ってしまうのは、奥泉光の筆致力とメッセージが強く込められているからでしょう。
あえていうなら近未来電脳スイングミステリーとでもいうか、これはとんでもない物語です。奥泉光の『ビビビ・ビ・バップ』はサイバーから落語・ジャズまで広大な拡がりみせます。
フォギーこと木藤桐は音響設計士として働いていますが、本業はジャズピアニストです。音響設計士とは家や公共空間の音響をデザインする専門職であり、その縁で山萩貴矢から電脳墓の音響デザインを任されています。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
- 2016-06-23
山萩貴矢はグローバルロボット制作会社の社長で膨大な資産を保有しています。彼は20世紀末から21世紀初頭の文化をこよなく愛し、その莫大な資産を用いて「電脳墓」の中に新宿の寄席やジャズライブハウスを再現し、アンドロイドロボットで落語家の立川談志やジャズビッグジャイアントであるエリック・ドルフィーを再現してしまいます。
そんな世界で人類が恐れるのは、生体パンデミックとサイバーパンデミック。物語では、まもなく死んでいく天才科学者の脳完全コピーを企業が悪用しようとして逆に乗っ取られてしまう世界が描かれています。
その天才科学者のコピーと戦うのは死ぬ前の天才科学者であり、ジャズピアニストであるフォギーなのです。
奥泉光の文体はその膨大な知識で積み上げた世界観ゆえか、一文がとても長くなっています。ですが、テンポよく物語を引っ張っていくための体言止めや、丁寧語が適宜組み合わされており、スピード感をもって読み進めていくことができるのです。
世界を覆う生体・電脳パンデミックとジャズや落語といったライブ文化の融合が壮大なスケールで組み合わさった『ビビビ・ビ・バップ』は、奥泉光のほとばしる才能が創り出すワンダーランドストーリーです。
学生時代に参加した共同生活コミューンの現在を確認する旅は、その土地の伝承と相まって織りなす不思議な事件の始まりでした。
式根は学生時代の友人とともに山形方面に旅に出ます。それは15年前の高校時代に参加した共同生活コミューンを再び訪れる旅でした。
夏休みを利用して参加したコミューン活動は完全自給自足を目指す共同生活活動でしたが、結果として一緒に参加した恋人を残して式根は独り元の生活に戻っていきます。その後彼は二度とその活動には戻りませんでした。しかし15年を経て、自身の結婚を前に改めてコミューンを訪ねることを決意します。元恋人と、その元恋人に愛を告白した当時の友人の消息を訪ねるのです。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
訪れた土地は、キリシタン伝説や高貴な罪人をかくまった伝説に加え、旧村長一家を端とする恐怖の噂に支配されていました。そして、式根が訪れた際にも殺人事件が起きるのです。
奥泉光は明るいトーンで広大なスケールの物語を創作する場合も多いのですが、本作『葦と百合』のようにじっとりした、夢と現実が混ざりあうような物語にも定評があります。作中に散見される山百合の描写は、ストーリーの展開と相まって、じっとりむせる様な匂いまで感じるようです。そのような匂いたつ、じっとりした人々の関係性が、長年の時を経て変化していきます。
結末まで続く夢と現実の交錯を、じっとり感にあえぎながら読み進めることで、奥泉光ワールドにどっぷりと浸かることができるのです。
序盤は、服毒死の謎と盗まれた遺書の行方が焦点になりますが、それだけにはとどまりません。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
主人公の「私」を含む4人の30代の男性は、かつて大学生時代の恩師だった教授の葬儀で数年ぶりに再会します。葬儀の帰りに4人は居酒屋に立ち寄り、酒を酌み交わしながら亡くなった教授を回想し、学生時代の思い出を語り合うのでした。そのうち話題は、学生時代の仲間だった石塚という男性のことに変わります。
学生時代は共に経済学を専攻していた4人は、大学内で経済史の基本文献を読む研究会を開いていました。その研究会に所属していた石塚はある日の夜、大学にある5階建ての図書館ビルの屋上から、4人が見ている前で転落したのです。事故か自殺か不明のまま終わったその事件について話し始めた1人は、実は石塚は何者かに殺されたのであり、犯人はこの4人の中にいると言うのでした。
主人公の私は、石塚が研究会の中で異質な存在であり、皆と意見がぶつかることが多かったことを思い出します。さらにはそんな石塚を排除しようという動きが研究会にあったことなど、忘れていた学生時代の様々な出来事を思い出していくのでした。
4人と石塚との関係には、異なる主義思想の論争というよりも1人の異端者に対する複数名の残虐さが見え隠れしています。短い作品ですが、人間の心の奥底に迫る緊張感あふれる傑作です。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
- 2015-04-26
上記の「ノヴァーリスの引用」の後に収録された「滝」という短編では、ある宗教団体に所属する少年たちの奥日光での山岳清浄行を描かれています。
わずかな食糧と装備で山道を進むのはリーダーの巌を中心とした5人の少年です。共に修行をする裕矢という語り手の少年を通して、巌という少年がいかに心身ともに優れた素質を持っているかが描かれていますが、巌自身の心理描写は描かれていません。
宗教団体という限定された狭い世界の中で、周囲の人物がそれぞれの思惑で巌という少年を見ることにより起こる悲劇が描かれています。「ノヴァーリスの引用」にも共通する、人の心に生じた悪意がいとも簡単に他人に発せられることへの警告が感じられる作品です。
物語はテレビモニターに映る砂漠の映像から始まります。そこには無防備にうずくまる人々に機関銃の銃口を向ける迷彩服を着た兵士たちが映っていました。
主人公の木苺勇一は、そのモニターを観ながら語り合う数人の男たちの中にいました。木苺は埼玉県の北西部にある大学で週1回ドイツ語の講師をしています。その他に神田の予備校で週に4日英語を教えていますが収入は微々たるものです。
木苺は学生時代から熱心に学問を続けてきましたが、博士課程修士論文を書いた後は勉強らしい勉強ができず毎日仕事で疲れていました。大学教授の職を得るため妻の親戚の伝手を頼っていますが、未だ返事はありません。しかし妻が妊娠したことから、木苺の「オトーサン」としての生活が始まってしまいます。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
- 2002-05-01
以後、妻と共に理想の育児のためにアパートの模様替えをしたり「オトーサン」として日記を書いたりするなど、木苺の日常が描かれていきます。しかし微笑ましいともいえるその日常の合間に、突如として木苺とその友人の2人だけによる不思議な会話が始まるのです。
冒頭に描かれた砂漠で捕らえられた人々の映像や暴力のあり方など、穏やかな木苺の日常に似つかわしくない不穏な場面や会話が繰り返されるうち、木苺の日常に怪異な出来事が起こり始めるのでした。
不穏な会話を共にする友人とは何者なのか、砂漠や暴力の描写に何の意味が込められているのか考えながら読み進むうちに、最後にそれら全てが繋がっていたことに驚愕させられます。それまで見えていたものが一気に覆される展開に、自分の判断力や認識力がいかに不確かなものであるかを思い知らされる哲学的な作品です。
第二次大戦中、主人公の石目鋭二は軽巡洋艦「橿原」に下士官兵として配属されます。巨大な鉄の棺を思わせる橿原の様相に、石目は不吉な予感を覚えるのでした。着任早々、石目は無人であるはずの兵員室から自分に呼びかける声を聞きます。暗がりの奥に目を凝らせば通風ダクトの奥に死角になっている空間があり、そこに1人の傷病兵らしい男がいました。その男は石目に謎の言葉を残し、いつの間にか軍艦内部から姿を消してしまいます。
橿原では以前に1人の男が謎の死を遂げており、未解決の殺人事件として語り継がれていました。橿原には通常の軍艦とは違う何かがある事を石目は感じ、同じ下士官の福金や根木と情報を交換し合っていましたが、ある日福金は突如行方不明になってしまいます。そして根木は死体となって発見されるのでした。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
- 2011-07-28
作品中には下士官である石目たちが受ける海軍の上司からの理不尽な暴力などが描かれています。軍隊では戦死以外にそうした軍隊の内部での暴力による死も当たり前のようにあったのです。しかし主人公の石目の語り口はあくまでも軽く飄々としており、陰湿で悲惨な場面ですら滑稽なものであるように感じさせられてしまいます。その語り口により読者は物語の中に易々と引き込まれ、気が付けば石目と共に当時の異様な状況を受け入れてしまうのです。
タイトルが「殺人事件」であることと、主人公の石目が学生時代に探偵小説を書いていたという設定から、最初は殺人事件を解決する探偵小説かと思われますが、物語はまったく予想外の方向に進んでいきます。戦争という狂気を実感させられる、壮大かつ衝撃的な作品です。
現実と夢の空間を行き来しつつも、しっかりと人間を描く奥泉光。その奥深い才能と振り幅の大きさ、いまどき珍しい文語体の文章をいろいろな形でご堪能してみてくださいね。