3位:美しくも切ないあの頃の記憶『あこがれ』
宝箱のようだと感じる物語です。忘れてしまったことも、覚えていることも、この物語の中には繊細に、そして鮮明に描かれています。
2つの章に分かれていて、それぞれ、小学校低学年の頃の麦くん、小学校高学年の頃のヘガティーの視点で「あこがれ」というキーワードを軸に語られます。
前妻とのあいだにも女の子が産まれているという、知られざる父の過去を知り、顔も知らぬ腹違いの姉に会いに行く、ヘガティーストーリー。これは一人の女の子の成長物語なのですが、泣けて笑える、心に染み渡る作品です。
- 著者
- 川上 未映子
- 出版日
- 2015-10-21
麦くんのエピソードは特に印象的です。ミス・アイスサンドイッチと命名した、スーパーの中にある店でサンドイッチやパンを売っている女性に好意を抱くのですが、それが恋心だとは分からない、でも気になってしまい、店に通いたくなってしまう。そのもどかしい少年心を恐ろしく捉えた描写は必見です。その冒頭だけご紹介します。
「ぼくの順番なんてずうっとこなければいいのにとおもいながらぼくはまばたきだってほとんどしないで、ただひたすらにミス・アイスサンドイッチをみている。」
(『あこがれ』より引用)
この感覚、知ってるはずです。
幼い頃の視点だから感じることができることがあると思います。それは、やはりもう忘れてしまったり、あるいは印象的なことだけは鮮明に覚えていたりしますが、確実に私たちの今現在の礎になっているはず。この一冊には、もしかすると忘れてしまっていたあの頃の感情が詰まっているかもしれません。あの頃の気持ちを思い出せる宝箱を開けてみたいと思いませんか?
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2位:川上未映子の独白が心に響く『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります 』
芥川賞受賞作家の徒然なるままに書かれた日記。日記であり、詩であり、記録でもあり、恥ずかしさも厭らしさも惜しげもなく曝け出しています。目を覆いたくなったり、赤面させられたり、笑わされ、泣かされ、それらの感情があまりにも素直に出てくるので、まるで、目の前に川上未映子がいて、同じ時を共有しているかのようです。
そんな錯覚に陥るのは、やはり、事実を事実として感じたまま考えたままに綴っているからに他なりません。もとより、私はなぜか関西弁というものに妙な親近感を抱いており、川上未映子の、ゴリゴリではない関西弁が耳、ではなく目に心地よいのかもしれません。
- 著者
- 川上 未映子
- 出版日
- 2009-11-13
印象的な文を抜粋しようと思うのですが、多すぎて選べない事態に困惑してしまいます。付箋の量を見ていただきたいくらいです、と思っていたら丁度、これを書いている日と同じ日付の日記にとても素敵な文を見つけました。
2005年の11月6日です。タイトルは「人は多分、とても感動するものだ」とされていて、感動という言葉についての考察が記されています。少し長くなりますが、伝えたい気持ちが強いゆえ、ご了承ください。
「感動。感動とは何か。感動とは感動という言葉以外の何かでしょうか、感動するのが素晴らしいと感じるのはどうしてか。とかいいつつ、それは 『素晴らしい』 というのは苦し紛れの感想であって、感動自体は素晴らしくもなんとも実はどうでもなくただそこにぽくっと生まれてじんときて、そう、なんだかじんとくるというただそれだけのことで素晴らしくもなんともない感動というのも多分存在はするのだろうと思う、と思うと世界はなんと、そういえば世界はなんと、素晴らしくもなんともない感動で満ち満ちているのだろうか、という気持ちで動けなくなり呼吸を整える。」
(『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』より引用)
素晴らしくもなんともない感動。知ってる!それ知ってる!と目を見開き、声を張ってしまいそうなほど、身近にありながらも名前の無かった感動。素晴らしく感動した瞬間です。
疑問符があまり出てこないのに、どう思います?と問われているようで、数ページ進むごとに手を止め考えてしまいます。自分ならどう思うか、どう感じるか、どう考えるか。そして、この日記を読んだ他の方々が、いったいどんなことを考えたのかを考えると、さらなる気づきに出合えそうです。それは、やはり素晴らしい感動かもしれません。
1位:川上未映子が愛しい息子に、そして読者に贈るラブレター『きみは赤ちゃん』
本作は35歳の川上未映子が、初めての出産から、生まれた赤ちゃんが1歳を迎えるまでを書き記した、愛の塊です。出産を経験した方はもちろん、これから出産を控えた方、考えている方、また、出産の予定のない方、さらには、出産を経験できない男性の方々にも読んでほしい一冊となっています。
出産編と産後編に分かれていて、その壮絶とも言える体験を惜しみなく書き記しています。妊娠への心構え、つわりのつらさ、現実的なお金のこと、体の変化、溢れる愛情、本当にありありと書かれているのです。
もちろんそこには、川上未映子の考えや心の変化なども切々と書かれていて、それが心に響きます。初めての出産に挑む母としての悩み、仕事を抱える女としての悩み、それらは同じ女性だからこそ通じるもの、分かり合える部分があるのかもしれません。ですが、その純粋なオブラートに包まれていない真っすぐな言葉が、すべての女性に、ある意味で共通の悩みだとすれば、これは男性にとってバイブルにもなりえる、女性の教科書なのかもしれません。
- 著者
- 川上 未映子
- 出版日
- 2014-07-09
少し本文から抜粋していきたいと思います。これは妊娠25週だということをご主人が認識していなかった時の川上未映子の言葉です。
「こっちは毎日毎日異常事態であれもこれもまじで心配しておろおろして頭おかしくなる寸前やのに男っていったいなんやねんな!」
(『きみは赤ちゃん』より引用)
続いて、帝王切開による出産後、その痛みの中朦朧としている最中の一文です。
「傷の痛みというのは人によるんだ、ということもはじめて知った。そして、つぎの瞬間に、地震やなにか大変なことが起きてもいまの自分は息子を助けに走ることもできない、なにかあっても守ることができないのだということを思うと、その恐怖に涙がでた。」
(『きみは赤ちゃん』より引用)
子育てにおける夫婦のあり方についてはこう書かれています。
「百歩ゆずって、家事は夫が外で稼いでくる賃金と相殺してもいい。けれど育児は対等に行うべきでしょう。『育児をやってくれている』『手伝ってくれている』。そういう言葉を、女性たちがなぜ思わず使ってしまうような、そんな環境になっているんだろう」
(『きみは赤ちゃん』より引用)
共感でき、考えさせられる、切実な文章が胸を突きます。
涙がこぼれるエピソードも思わず笑ってしまうエピソードも、その全てが、生まれてきた赤ちゃんへの愛情そのものなのです。子を想うからこそ、現実を見つめ、悩み、怒り、話し合い、歩んでゆく。壮絶な出産も、マタニティーブルーも、産後クライシスも、全部が愛なのです。
おおよそ1年とちょっとの期間が、この1冊に詰め込まれています。これでもかと、さらけ出してくださった本作は育児バイブルではないかもしれません。ですが、私たちに、出産とは、女とは、男とは、と考えさせてくれるのです。