時代の波に逆らうものの抗い
『麻雀放浪記』で坊や哲と最初に出会った主要人物の一人であるドサ健と呼ばれる男を主人公に据えた、『麻雀放浪記』の10年後、つまり日本が戦争の敗北から立ち直り始めたころの話になります。
博打の道をさまざまな形で去っていく坊や哲や他のものたちと違い、ドサ健は徹頭徹尾博打の道で自分を生かそうとします。
- 著者
- 阿佐田 哲也
- 出版日
いろいろな事情でひとりずつ減っていく仲間たちと同じように、時代の流れに従って博打の道を捨てて一般的な道へ進むという選択はドサ健にはできなかったのでしょうか。
坊や哲ができたその選択を彼ができなかったこと、そんな人生を選ぶことしかできなかった人もいるのだと、阿佐田哲也は言っているように思います。
余談ですが、「我こそがドサ健のモデルだ」と言い張る人たちが阿佐田哲也の周りにはたくさんいたそうですが、特にモデルとした人は居ないのだとか。
逆に、ドサ健のような人がその時代にはたくさんいた、ということかもしれません。
これはギャンブル小説ではなく、昭和という時代の中の一部分を切り取った時代小説とも言えると思います。
人を愛し人に愛されたアウトローが最後に手に入れた宝物
阿佐田が亡くなる1年前、1988年に発表された『阿佐田哲也の怪しい交友録』
長年の無理がたたり身体をかなり壊して入院手術を繰り返していた阿佐田ですが、彼を襲った病魔の一つがナルコプレシーという精神病でした。
他の書で作者が書いていますが、この病気は精神の揺らぎがもっともいけないらしく、怒っても泣いても笑っても嬉しくてもそれが精神的なダメージとなりコントロールできない眠気を引き起こす、というものなのだそうです。
と言いつつも阿佐田哲也の周りには有名無名含めていろんな人が常におり、当人も人と共にあることをとても喜んでいたのだとか。
実際に阿佐田家にはさまざまな人の出入りが多く、常に来客があったそうです。
- 著者
- 阿佐田 哲也
- 出版日
そんな阿佐田哲也の交遊録として書かれたこの本は、本当にさまざまな人と交友があったのだな、と驚かされるほど個性豊かな面々ばかり。
有名無名にかかわらず、その人となりが阿佐田哲也の目を通して面白おかしく、ときにはしんみりと伝わってきます。
阿佐田哲也のギャンブル人生
作家として名を成したあとの、阿佐田哲也のギャンブル人生をまとめた短編集。
こちらは昭和53年に発表された作品です。昭和36年に色川名義で文学賞を射止めたあと長いスランプ生活に陥り、純文学作家として生きていきたいと一度は博打を封印した阿佐田哲也。しかし博打うちの血はさまざまな誘いによって蘇り、本場のカジノへいったり昔の仲間と麻雀をやったりという生活に戻ってしまいます。
随分と体調を壊してからの短編集なのですが、それでも本当によくやるものだ、と逆に感心してしまうほどです。
- 著者
- 阿佐田 哲也
- 出版日
この短編集にはギャンブルそのものの描写よりもそれを通して阿佐田哲也が感じた思いが詰まっています。
昔の仲間から感じる切なさやもう時代が変わったのだという諦めにも似た心境。
若い人たちが道を踏み外そうとしていることについて、それもひとつの道だと思いつつもときには説教めいたことをしたくなる老婆心。
そして体調を心配してくれる仲間たちへの感謝の気持ち。
博打を打つだけではなくそこに人とのかかわりを大事にしてきた阿佐田哲也ならではの短編集だと思います。
吉行淳之介が阿佐田に体を大事にしなさいよ、と忠告したときに
「吉行さんの前に出ると、昔から従順な女のようになってしまう」
という阿佐田をこの目で一度見てみたかったな、と思ってしまいました。
吉行淳之介に対する尊敬と敬愛が、阿佐田哲也らしい口調で描かれているシーンではないでしょうか。