警察小説・SF・伝奇もの・バイオレンスなどあらゆるジャンルにわたって精力的に書き続けている作家・今野敏。エンターテイメント性があり、映像化されて人気シリーズとして愛されている作品も多くあります。今野敏の作品の中から選りすぐってご紹介しましょう。

荻窪のアパートで年配の男性が何者かに殺害される事件が発生し、荻窪署に捜査本部が設置されます。目撃者の話では犯行が行われた部屋から1人の高校生くらいの美少女が飛び出して走り去ったとのことでした。その少女は髪が濡れていたうえソックスを履かずに手に持っていたという事から、捜査本部は女子高生と援助交際をしていた男性が何らかのトラブルが原因でその女子高生に殺されたのではないかと推測するのですが、本庁から派遣された強行犯第三係の樋口警部補は、その推測に違和感を覚えます。
その後新たな殺人事件が起こり、またしても被害者は年配の男性で現場から逃げ去る美少女が目撃されたことから前回の事件と同一人物の犯行と推定されます。
さらに捜査の結果、現場から逃げた女子高生は「飯島理央」と判明しますが、類まれな美貌を持つ理央に樋口は強く魅かれてしまうのでした。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2007-06-28
本作には樋口から見た警察内部の人間関係や年齢差による世代感などが随所に描かれていますが、実はこの世代感が事件の大きな鍵となっています。
実直で堅実に仕事をこなす樋口は周囲の人間からの信頼が厚い人物ですが、本人は警察官の大多数が持つ体育会系的な性格が苦手なうえ、人の顔色が気になって仕方がない性格の自分に自信を持てずにいました。
樋口より少し年配の警察官らは全共闘時代に学生たちと戦って制圧してきた世代です。そして樋口が大学生の頃は先輩たちが学生運動により学校の機能を破壊し尽くした後で、自分たちの世代はひたすらその後始末に追われ、後輩たちは自分たちが片付け終わった後に無責任で自由な時代を謳歌したように思っていました。
また樋口には理央と同世代の娘がいますが、普通の高校生活を送っている自分の娘を見る限りでは、少女たちがブルセラショップで自分の下着を売り、売春や援助交際、薬物を使用している事などが実感できずにいます。
世代で一括りに人間を判断してはいけないと思いつつも樋口には前の世代への偏見があり、前世代の人々の行動が人の顔色ばかり気にする自分の性格を形成したと思い不満を持っていました。しかし前世代の結果が現在の自分であるように、自分の世代の行動も後輩たちの人間性を形成する原因となり、さらにはその結果が自分の娘の世代へも繋がっていくことに思い至った時、樋口には事件の全貌が見えてきます。
事件の推理の醍醐味もありながら登場人物の人間性を通して現代の社会や人としての生き方についても考えさせてくれる、社会派推理小説の傑作です。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2009-12-04
2005年の刊行以来、8作もの単行本を打ち出している今野敏の「隠蔽捜査」シリーズ。その第1作となる記念すべき作品が本作です。
主人公、竜崎伸也は警察庁に勤めるキャリア官僚。私利私欲とは無縁で、周囲の視線もどこ吹く風で日々職務をまっとうしています。
そんなある日、足立区で暴力団員の殺人事件が発生します。直ちに事件解決へと取り掛かる竜崎。捜査を進めて行く中、事件に警察官が関わっている疑惑が浮上し、竜崎達は困難なかじ取りを迫られる羽目になります。
さらに竜崎の息子、邦彦が薬物をやっていたという事実まで発覚。竜崎は親の情と警察官としての矜持、そして積み重ねてきたキャリアの三重苦に苦しみます。
果たして事件は無事解決することができるのか、竜崎は息子の罪をいかにして裁くのか、そして誰が何を「隠蔽」しようというのか……。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2008-01-29
本作において、やはり1番注目すべきは主人公である竜崎伸也でしょう。警察という「公」の為、家族や欲求といった「私」を殺し、いかなる時でも職務へ忠実に望む優等生。「変人」「組織の犬」とこき下ろされながらも、あくまで持論を展開し貫こうとする姿は、時として読者は違和感を覚えるかもしれません。
そんな彼が決して嫌われ者として終わらない理由、それは根っこの部分で感じさせる人間性にあります。
下らない理由で犯罪という一線を越えた者を軽蔑し、被害者及びその遺族に同情する。事件が起きればいの1番に駆けつけ、早朝だろうと深夜だろうとお構いなしには職務に励む。家族に対して薄情とも取れる態度をとりながら、その実息子や娘の将来を深く案じ考えている。このように所々で見られる人間味こそが最大の魅力であり、作中における周囲からの信頼となっているのです。
また、竜崎を取り巻く周囲の人物も見逃せないところです。同じキャリア官僚仲間であり、小学校からの因縁を持つ伊丹俊太郎。直属の上司であり、薩摩隼人らしい短気さと決断力を持ち合わせた牛島陽介。そして仕事人間である竜崎を支える妻、冴子と二人の子供達。彼らと竜崎が交わす会話も、本作における見逃せない要素だと言えます。
隠蔽か、それとも暴露か。捜査の果てに、彼らが選んだ答えは敬意無くしては読めないでしょう。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2013-12-20
心理調査官である紗英は、もともと対人恐怖症だったこともあり、おどおどしていましたが何度もさりげなく碓氷のフォローを受け、自信をつけていきます。おどおどした美人というキャラクターの紗英の仕事ぶりに好感が持つ方も多いでしょう。 さて、第3の事件が近づいてきます。そのきっかけは?紗英は、碓氷は、どう立ち向かっていくのでしょうか。 明らかになっていく犯人の事情……。いよいよ紗英の活躍も本番を迎えます。 警察小説ですが、心理調査官である紗英の言葉が父親として悩む碓氷を勇気づけたり、紗英が1度は失敗してもくじけずやりぬいたりと、心がほんわかする場面のある不思議な小説でもあります。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2014-05-15
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2006-05-16
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2006-08-12
宇田川亮太は本庁の刑事部捜査1課に配属されて1年目になりますが、同期の蘇我和彦は2年前から本庁の公安課に配属されています。
蘇我と宇田川は気が合い、所轄時代は仲良く一緒に飲みに行ったのですが、最近では顔を見ることも少なくなり、幹部の目に留まって公安に引き抜かれたという蘇我の噂に宇田川は嫉妬を覚えていました。
ある日、宇田川たちが暴力団の事務所に家宅捜査に入った際、1人の暴力団員の男が逃走し、追いかけた宇田川に男は発砲しますが、現場付近に居合わせた蘇我に助けられたお陰で無事でした。しかしその数日後、蘇我は懲戒免職になり行方不明になってしまいます。
さらに数日後、宇田川を撃った暴力団員が何者かに殺害されますが、警察内では暴力団同士の抗争に限定して捜査を進めようとします。何かが腑に落ちない宇田川は暴力団員殺害事件を調査しつつ蘇我の行方を探すのですが、警察の上層部から蘇我を調べるのを止めるよう圧力をかけられるのでした。
公安は国家の安全を第一として殺人事件すら軽視するような発言をし、上層部は下の階級の者には真相を明かさず、ただ指示に従うことだけを要求します。
宇田川は警察内部に対して激しい反発を覚えつつも警察官として真実を知るべく奔走し、蘇我の失踪と暴力団事件の双方に国家規模の犯罪が絡んでいる事を知るのです。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2012-07-13
物語が進むにつれ小さな謎が大きな事件へとつながり、遂には個人では到底立ち向かえない巨悪に辿り着く展開は緊張と興奮の連続です。
リアリティ溢れる筆致は現実の警察の内部そのものを描いているようで空恐ろしい気持ちにさせられますが、宇田川の同期の蘇我を思う心や窮地に立たされる毎に成長していく姿、その姿を認めて評価してくれる存在が増えていく事に救いを見いだす事ができます。
警察を舞台にした作品を数多く手がける名手が描いた、本格的警察小説の金字塔とも言える作品です。
日村誠司は阿岐本組のナンバー2である代貸をつとめています。といっても阿岐本組は頭を含めて6人の小所帯の組に過ぎないのですが。
そんな阿岐本組は今時珍しい任侠道の組であり、いわゆる暴力団とは違います。自分たちのシマのシノギで毎日を送っているのです。
そんな阿岐本組組長の阿岐本は、ひょんなことから倒産した出版社の社長に就任します。そして日村は役員です。やくざ者を役員に迎えて入れた出版社の社員たちは戸惑いつつも、変わらず目の前の締め切りに毎日追われています。
出版社では社長の阿岐本の強引かつ実際的な人事配置や発想を転換した編集長たちの工夫により業績は持ち直し……。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2015-09-01
物語のなかには、やくざ者の話題や口調を含めたエピソードが頻繁に出てきます。それよりもやくざ者がもつ普遍的な考え方が出版社の活動に活かされていくのが爽快です。日陰者として裏の道を歩んできた者たちが、表の世界に認められる、あるいはその行動が表の世界を動かしていきます。そのようなやくざものの振る舞いに現代の閉塞感をうちやぶる何かが光っているように思うのです。
出版社の役員でもあり阿岐本組の代貸でもある日村は、社長でもあり親分でもある阿岐本の無茶ぶりになんとか食らいつくことで、両方の世界の難題を解決していきます。難しく考えすぎることの多い日村ですが、最後はいつもしっかりと締めていきます。
今野敏の簡潔で読みやすい文体で気持ちよく読み進められる『任侠書房』で、爽快感な読後感を味わってみてください。
曙光とは夜明けに東の空にさしてくる太陽の光であり、転じて暗い状況に見え始めた明るい兆しを意味します。『曙光の街』は今野敏の極道小説と思いきや、KGBを舞台にした国際スパイ小説でもあり、男たちの復活の物語を描いたハードボイルド小説でもあるのです。
ヴィクトル・タケオビッチ・オキタは日系の元KGBの特殊部隊要員であり、日本でのスパイ活動の経験もあります。しかし今は人生に意味を見出せず、その日暮らしの毎日を送っているのです。
兵頭猛は元プロ野球選手ですが、ゆえあって極道に身をやつしています。武闘派を自任してはいますが実際にはチンピラ相手に虚勢を張っているだけと自覚しており、今後の展望を描けていないのです。
倉島達夫は警視庁公安部外事一課所属のノンキャリ警部補。外事課の事務処理の多さに辟易しており、公安業務にやる気を見いだせないでいます。
ヴィクトルが兵頭の親分である津久茂組長の暗殺を請け負ったことから物語は始まり、3人それぞれがお互いに絡み合っていく過程で、生きる意味やプロとしての目標を見出していくのです。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2005-09-02
『曙光の街』は、やくざの暗殺にとどまらず、ソ連と日本のスパイ事情、やくざ社会の変化、プロの暗殺家の活動、と幅広い話題をしっかりと関係づけ、読者を飽きさせません。しかも、一度人生の意味ややる気を失った男たちに光を当て、再び彼らの人生を取り戻すという人間ドラマもしっかりと組み込んでいるため、物語に厚みが出ているのです。
今野敏は出版書籍も多く、幅広い著作ジャンルがあります。やくざ・極道小説もそのうちの一つではありますが、そのストーリーは軽めの任侠シリーズから本作品のようなしっかりしたハードボイルドタッチまで拡がりをみせているのです。それら物語の芯には、プロとしてあるいは普遍的な人として忘れてはならないものは何か?という問いかけがいつも据えられています。
『曙光の街』を読んで、人生に再び差し込んだ光をどのようにつかんでいくのか、登場人物の行く末に思いを寄せるのもよいかもしれません。
今野敏の『スクープ』はテレビニュース記者、布施京一が活躍する報道ミステリーの短編集です。どの事件も、布施と警察の連携で不思議とうまく片付き、スクープになります。短編一つ一つがきちんと完結するのでスッキリ爽快感を味わうことができるでしょう。
布施京一はTBNテレビ報道局の看板番組「二ユース・イレブン」の遊軍記者です。どちらかというと不良社員で、いつも会議に遅れてくる上に、真面目に参加することはなく、会議は上の空です。そして取材といいつつ、実際は六本木や新宿、渋谷でプラプラと飲み歩いています。布施はどこの店でもそこそこ人気があるのです。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2009-02-20
布施の取材姿勢、というか行動姿勢は実は一貫しています。ネタをさがしているわけではなく真にプラプラと遊んでいるのです。しかし、ただプラプラと遊んでいるわけではなく、さりげなく問題を見つけています。実はニュースソースとしてではなく、困っている人のことを気にしているのです。ですから真の姿が見えてくるのかもしれません。マスコミはとかくスクープに躍起になりますが、スクープに躍起になると目がくらんできます。
今野敏は「スクープなんてどうでもいい。事件に関わっている人のことが気になるんだ。」と布施に『スクープ』の中で語らせます。この小説が面白いのは、事件そのものよりも、事件に関わる「人」にフォーカスしているためです。そして、布施のようなプラプラした記者が実は爽快に活躍するという水戸黄門的な分かりやすい展開がそこに加わります。
そうそうこの展開!という、分かりやすい中にも結果的に事件を解決していくスッキリ感を味わいたければ、ぜひ今野敏の『スクープ』を読んでみてください。
安積警部補が所属するベイエリア分署は、湾岸地帯に東京湾臨海署が正式にできるまでの仮設置なので建物は粗末で人数も多くありません。ベイエリア分署の花形は湾岸高速道路網を颯爽と疾駆する交通機動隊で、他の係はまったく目立たない存在です。しかし東京湾岸一帯で事件が起こるたびに応援に駆り出されるため、署員一同は超多忙な毎日を送っていました。
そんなある日、JR品川駅付近の埋立地にできたライブハウス「ラビリンス」で、藤井幸子という35歳の女性が青酸カリによって死亡する事件が発生します。「ライブハウス殺人事件」として高輪署に捜査本部が設置され、ベイエリア分署からも人員を出すよう要請が下るのでした。
目撃者がないことから、被害者が偶然毒を飲まされた無差別殺人か被害者個人を狙った計画的殺人かで意見が分かれ、捜査本部内は対立し分裂します。
安積は、事件当日のほぼ同時刻に荻窪のマンションで池波昌三という45歳の男性が殺害されていることから2件の事件が関連している可能性を探り始め、池波の勤める会社の女性社員が事件当日ラビリンスに来ていたことを突き止めるのでした。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2006-04-01
安積は日頃から部下を思いやり、それぞれの適性や組む相手との相性を考えたり、出向した部下が仕事しやすいよう先方に頭を下げたりするなど職場では理想的な上司ですが、仕事優先で家庭での時間を持てなかったせいで妻とは離婚、娘と面会する権利は確保したもの、家に帰れば孤独な生活を送っています。
それでも仕事に誇りと熱意を持ち妥協を許さない安積の姿に周りの人間も共感していき、捜査本部で対立していた人々も含め全員が一丸となり犯人を追い詰めていくクライマックスは感動的です。
本作の好評を受け、「ベイエリア分署」シリーズとして続編が出ています。
骨太な警察小説であり、登場人物たちが何とも言えず個性的で親しみを感じさせてくれる本作は、警察小説好きにはもちろん警察小説初心者にもおすすめの作品です。