強くなりたいと思うあなたへ
明け方の六本木歌舞伎町。冷えた外気の中、平凡な主婦「塩沢織江」は目を覚まします。なぜこんな道端で眠っていたのだろう。同窓会で、ひさしぶりにお酒を飲んだことは覚えています。深酒の影響か再び睡魔に襲われそうになった所で一人の大人びた少女に「こんなところで寝ると死ぬよ」と声をかけられます。
少女は、家には帰らず毎日をこの辺りで適当な援助交際相手を見つけて暮らしているようでした。今日はあぶれてしまったので泊まる所もないという少女に、心配になった織江は、「見張っていてくれたお礼」と一万円を渡します。
- 著者
- 乃南 アサ
- 出版日
何とか家にたどり着いた織江は、久しぶりの二日酔いのどんよりとした頭で、元同窓生たちの昔と今、そして昔自分がまだ少女だった頃を思い出します。「出る杭は打たれる」、目立たずただただ普通の生活を送ること。それが織江でした。
織江は、ふとバッグの中の包装紙に気が付きます。「お礼に、これ、あげるから」少女がそういってくれたことを思い出します。小さくて重いそれの中を確認すると、掌に収まる小さな拳銃が入っていました。
刻印は「KOLT」。本物であるはずがないと考えた織江は、それがおもちゃであることを確認するために情報を集め、それを実証しようとします。社宅の中でカーテンを閉め、最大限にテレビの音量を上げ、裏返したテーブルの上にはクッキーの缶、毛布を何重にも折りたたみ。
そして、何度も躊躇いながらも引き金を引きます。重い抵抗の後に銃声と細い煙が立ち上る。恐る恐る毛布の中を確認するとそこには弾があります。それは本物でした。
「この手で拳銃を撃った」織江は、いままでなかった様な万能感を得ます。織江の中で何かが変わった瞬間でした。
織江は大切な置きに利のアクセサリーの様に可愛いレースのポーチの中にコルトをしまい、バッグの中に入れ持ち運ぶことにします。織江が強くなるために必要としていたものは何か。
「冷たい誘惑」コルト。この拳銃を手に入れた人々の人生を集めたオムニバスです。
乃南アサの作品をお得に読む
鏡を見ると落ち込むことがあるあなたへ
誰もが一度は持ったことがあるであろう自分の体へのコンプレックス。それを題材に描かれた短編集『躯(からだ)』。
ある日、愛子は高校生の娘にへその整形をしたいとお願いされます。水着を着るのにこの丸いへそがどうしても恥ずかしい、何も顔にメスをいれるわけでもないのだからと懇願されます。
夫の顔色を窺い、何をするにも夫の機嫌を気にする愛子は、「へそを整形させたい」などと夫を説得する自信はないと突っぱねますが、娘に家庭円満の為には黙っていてくれた方がいい、父親に話すと問題が大きくなるだけだと説得されてしまいます。
- 著者
- 乃南 アサ
- 出版日
愛子には、娘に対する負い目がありました。以前、娘に彼氏ができた時、内緒だと言われたのにも関わらず、うっかり夫に話してしまったばかりに、夫が激怒し相手を調べ上げて破談にしてしまったことがあったのです。娘の言う「内緒」の言葉を軽く受け止めたばかりに。それ以来、娘は、父親は勿論のこと、愛子にさえ心を開かなくなっていました。
この願いを聞いてくれないのなら、勝手に整形でもなんでもすると言われ、娘と共に美容整形外科を訪ねることになります。
雑居ビルの中に美容整形外科は、まるで美容院やサロンのような清潔感のある後ろめたい所のない快適な空間でした。娘のカウンセリングに仕方なく話を聞きに来ただけの愛子でしたが医師に目尻の皺を取るだけでも若返りますよと言われ…。
安らぎを追い求めてもがいているあなたへ
とある殺人事件から始まる家族の物語、それが乃南アサの『風紋』です。
軋みながらもかろうじて家族の体を成し、日常を重ねていた高浜一家。教職の夫と専業主婦の妻という、絵に描いたような二人三脚の生活を満喫していた松永一家。
対極とも言えるそれぞれの一家は、ある日松永家の夫が高浜家の妻を殺してしまったことから全てが狂い出します。
身内を失った悲しみに暮れる暇もなく、犯罪被害者という立場に翻弄される高浜家。警察による冤罪を主張しながらも、加害者として白い眼を向けられる松永家。本作はこの両家を主軸に、現代日本の犯罪事情をこれでもかと描いていきます。
- 著者
- 乃南 アサ
- 出版日
- 2014-10-16
報道の自由を嵩に、不躾かつ無体な報道を繰り返すマスコミ。被害者に同情しつつも、どう接すればいいかわからず戸惑うばかりの学校。そしてどこか臭いものに蓋をするように扱う親戚達。
人情なんてものはなく、許容も慈悲もありはしない。そんな苛烈ともいえる内容は、罪を犯すということの報いと犯罪に巻き込まれた側の過酷さを同時に表し、読者の目を離させないようにしています。
そしてもう一つ、本作を語る上で欠かせないのが両家の生き様です。
前にも少し書きましたが、本作において両家の立場は一貫して対極的なものとなっています。不仲と円満、サラリーマンと公務員、そして被害者と加害者。こうした関係は場の状況を理解しやすく、絶妙な対比となって堪能することが出来ます。
また、本作を読み進めて行くと両家のスタートラインにそれ程大差がないこともわかります。一見被害者と加害者という明暗の別れた立場にも見えますが、実際はどちらも等しくどん底に沈んでおり、ひたすら安らぎを追い求めてもがいているのです。
タイトルの『風紋』とは、気流によって砂漠や砂丘等に出来た自然意匠を示します。殺人事件という風が、両家にいかなる傷痕を残して去るのか。その果てに彼らは何を見出すのか。それは是非、本作を読んで確かめてみて下さい。
乃南アサの作品をお得に読む