芥川賞に最も近い作家上田岳弘
上田岳弘は2013年に新潮新人賞を受賞し、新進気鋭の新人として注目されてきた作家です。デビューの熱も冷めやらぬ中、2015年、2016年と芥川賞にも受賞候補として挙げられており、注目は強まるばかりです。今回は日本文学界に彗星のごとく現れた上田岳弘を知るための3冊をご紹介いたします。
上田岳弘のデビュー作
2013年の新潮新人賞を受賞した「太陽」と、14年発表の「惑星」を合わせて出版された一冊です。今までに例を見ないまでのそのスケールの大きな世界観に、あらゆる文学批評家が「これまたすごい新人が現れた!」と驚かれました。
「太陽」はタイトル通りに太陽に主眼を置かれています。「厳密に言えば、太陽は燃えているわけではない」という、ばっさりとした印象の一文から始まるこの物語はSFファンタジーのジャンルに属するのでしょう。
太陽の化学反応について一通りの説明を終えたのち場面は突然、新宿の風俗嬢を待つ男の視点へと移ってゆきます。男と風俗嬢のやり取りの後は、またもや場面は瞬間移動し、時空までも超えて20年前のアフリカで赤ん坊を販売する仕事をする男の視点になります。そして、またもや急展開を見せ、異なる背景を持つこれまでの登場人物たちが一堂に会することになります。
その様相はまるで、オムニバス形式でそれぞれの人生があったとしても、この数奇な出会いは何か強い力で運命づけられていたかのようにさえ思えます。
世界中のあらゆることがわずかながらに関連し合い、つながっているということを感じずにはいられません。その視点はまさに、地球の恩恵者である太陽からの視点。ものすごいスケールのお話です。
- 著者
- 上田 岳弘
- 出版日
- 2014-11-27
「惑星」も、これまた期待を裏切らない作品です。
自らを「最終結論」と称する天才精神科医には、全知全能とも呼べるほどの能力が備わっていました。古今東西、ありとあらゆる人間の思考や経験を把握することができるのですが、なぜ彼はそのような力を手に入れたのでしょうか。その秘密が物語を通して語られます。
デビュー作としては異例の大反響を呼んだ「太陽」、そして「惑星」。独特の展開のさせ方、物事を捉える角度が今までの小説にないもので、ページを繰る手が止まらないこと必至です。作者の今後の可能性を示唆する一冊。
赤い糸は、10万年の時空を超えて
「太陽・惑星」で鮮烈なデビューを飾った作者が2番目に送り出した作品が「私の恋人」です。
この物語は理想の恋人を追い求めるという、一見シンプルな内容ですが、やはりスケールが規格外なものとなっています。まず初めの舞台は旧石器時代のどこか、主人公はクロマニヨン人でした。採集狩猟生活に生きながら、洞窟の奥深くで未来の科学技術や社会構造、そして理想の恋人を思念してそれを岩壁に描くのです。人類の黎明期で、地球上の新たな支配者が登場した歴史的な時期でもありました。クロマニヨン人の主人公は死にますが、なんと転生して別の個体へと生まれ変わります。クロマニヨン時代に見つからなかった理想の恋人を探すために、また新しい旅に出かけるのです。
次なる舞台は20世紀のナチス収容所。異なる国家、宗教で争いが激化する中で「2人目」の主人公は自分の最期を覚悟します。遠い昔に夢想した理想の女性を思い浮かべながら-。民衆がどうあるべきか、国家がどうあるべきか、世界がどうあるべきか、という価値観をめぐる人類の新たな戦争が巻き起こっていた時期でした。
そして更なる転生を経て、現代に辿り着いた「3人目の」主人公。ついに、その女性に巡り合うことになります。しかし、これまでの転生のタイミングで人類はひとつの転機を迎えていたように、この時代でも人類は新たな局面を迎えているのでした。さて、その局面とは……。そして、理想の女性と主人公は結ばれるのでしょうか-。
- 著者
- 上田 岳弘
- 出版日
- 2015-06-30
10万年の年月を3つの時代に書き分けていますが、それらを通して人類の民族や宗教・文化などにまつわる在り方に関して、思想・哲学的な要素を盛り込んで描写しています。それらはとても示唆的な文章・展開の連続であり、思わずページをめくるのを止めてつい行間を読み込んでしまうほどです。
伴侶を求め種を残していくという、あらゆる生命体の使命として理想の恋人を探し求め、人類史の大きな潮流に飲み込まれてゆく様は、ある種の絶対的な真理のようにも感じられます。「太陽・惑星」と同じく、壮大なスケールで思考を巡らせられる一冊です。