作家の中にはさまざまな経歴をもつ人があり、特に経験してきた職業が作品群に大きな影響を及ぼすことは想像に難くありません。 今回ご紹介する帚木蓬生は、精神科医として勤務しながら執筆活動を行ってきた作家です。 医師の経験ということから、難解な専門知識を駆使した物語を得意としているのかと思いきや、さにあらず。彼が描き出すのは医師としての知識そのものではなく、医療を通じて見た「人への慈しみ」の姿です。 そんな本職の精神科医が描く、珠玉の人間ドラマ5作品をお届けします。

当初の彼はヒトラーの持つ神秘的なカリスマに魅了されますが、社会的弱者を省みず、徹底した人種差別を断行するナチスの政策に徐々に不信感を募らせるようになります。そして戦争へと突入していくドイツと、それに寄り添う形で世界から孤立していく祖国・日本。外交官として、軍人として、香田は己の無力に煩悶します。
- 著者
- 帚木 蓬生
- 出版日
- 1999-04-26
作中では「同胞」が必ずしも味方ではなく、敵であるはずの日本人皆を憎悪するわけではない、という複雑な人間関係が労を惜しむことなく描写されています。また、主人公がもつ日本と祖国への複雑な感情を描き出すのに一役買っているのが、それぞれの国の料理です。
- 著者
- 帚木 蓬生
- 出版日
- 1995-07-28
異端審問という重い主題を選びつつも、それそのものを掘り下げるのが目的ではありません。人間の心の闇と、繰り返す愚かしい所業に対する警鐘こそが本作の主題です。タブーの多い宗教というテーマを扱いながらも、ここでは須貝という宗教的にも歴史的にも制約を受けない、いわば第三者が主体となることで、ある種の公正さを保つことに成功しています。
- 著者
- 帚木 蓬生
- 出版日
- 2009-12-24
この作品に緊張感を与えているのは、主人公の看護士と彼女が慕う医師との、医療行為をテーマにした議論です。プライベートな付き合いにおける会話も含め、終末医療への世界各国の取り組みや考え方が、それとなく読者に伝わるよう工夫されているのです。
- 著者
- 帚木 蓬生
- 出版日
- 2001-09-28
国人は故郷で培った薬草の知識を活かし、奈良の都で様々な人たちと心を通わせていきます。過酷な作業で一人、また一人と失われていく仲間たち。望郷の念に突き動かされながらも、どうしようもなく心惹かれる奈良の恋人。やがて光り輝く大仏が出来上がり、すべての務めから解放された国人はどんな生き方を選ぶのでしょうか――。
- 著者
- 帚木 蓬生
- 出版日
帚木蓬生作品に共通しているのは、冷静な「観察者」の目をもった人物が歴史の別角度を読者に語りかけるという構成です。その立場は歴史の勝者でもなく、また有名な人物でもありません。多くの読者と同じように、健全な感覚で弱者の側から世界を見ることのできる、揺るぎのない公平な視点を持ち続けるごく普通の人間なのです。
これは作者自身が持っている、人間そのものへの「慈愛」が形になってあらわれたもののように思えてなりません。
「真理は常に、弱者の側に宿る」。
『ヒトラーの防具』で語られる、この名言をご紹介します。これこそが精神科医として、作家として、そして人間としての帚木蓬生がもつ信念なのではないでしょうか。