森敦とは
森敦は長崎で生まれた日本の小説家ですが、幼少期は朝鮮の京城(現在のソウル)で過ごしていました。高校生の頃、菊池寛に見出され、その後横光利一に師事。22歳のときに東京日日新聞・大阪毎日新聞にデビュー作である『酩酊舟』が掲載されます。
1941年に結婚し、その後は妻の故郷である山形県の地方を転々として暮らします。数ヶ月間山にこもるなど、執筆活動からは遠ざかりました。
長いブランクを経て62歳のときに「月山」で芥川賞を受賞するのですが、これは後に黒田夏子が75歳で受賞するまで、39年に渡って最高齢受賞記録を誇っていました。芥川賞の他にも『我逝くもののごとく』では野間文芸賞を受賞しています。
芥川賞を受賞した森敦の代表作
出羽の霊山、月山のふところにある寺に、ある男が辿りつきます。その寺がある村で男はしばらく暮らすことになるのですが、村の住人と衣食住を共にするうちに、そこには異様としかいえない風習があることを発見するのです。
その風習とは、ミイラを作成するということ。男がその村と村民に対してどのように向き合っていくのかが物語の核となっています。
芥川賞受賞作「月山」を合わせて7編が収められた短編集です。
- 著者
- 森 敦
- 出版日
物語に登場する人物たちは、主人公も村人たちもみな名前がありません。まるで顔が見えないのっぺらぼうのような印象がある一方で、彼らの行動には人間の欲望が表面化して出てきています。それがかえって、ひとりひとりの個性を浮き彫りにしているのです。
寺が舞台となっていることもあり、仏教的な要素も含まれています。登場人物の行動も、この世とあの世の境目をわからなくするポイントがあり、作品全体から静謐な空気が流れています。
本作を読む上でおすすめしたいことは、山形県の実際の地図と見比べながら物語を読むということです。数多くの地名が出てくるのですが、地図で位置関係を確かめながら読むと、また違う形で物語がみえてきます。
生きることとはなんなのかを問う
太平洋戦争によって崩れていくサキ一家の変転の年月と、生と死が混在している世界が描かれています。
舞台はかつて森敦が暮らしていた山形県の庄内平野。作中でも山形弁が使われ、森が生涯をかけて深めた独自の仏教・東洋思想から、日本の風土と宗教を淀みなく描き尽した長篇大河小説です。
- 著者
- 森 敦
- 出版日
- 1991-01-07
作中で、「逝」という漢字を「逝(す)ぎた」と読ませる箇所があります。これは現在と過去や、生きることと死ぬことが交差する世界を表していて、このようなひとつひとつの洗練された言葉に、本作の魅力が詰まっているといっていいでしょう。
庄内平野は森の妻の実家がある場所です。森敦の魅力は、彼の人生が作品に投入されているところ。本作にも生きざまが詰まっています。