直木賞受賞作が収録された傑作短編集
渡辺淳一の短編集『光と影』には、表題作のほか「宣告」「猿の抵抗」「薔薇連想」の4編が収録されています。
「光と影」は、同じ日に同じ手術を受けるはずだった2人の軍人が、軍医の気まぐれによって人生を大きく変えていくことになる物語です。
小武と寺内は、西南戦争で共に右腕に被弾して負傷し、同じ日に腕を切断する手術を受けることになります。先に手術が行われた小武は、軍医によって予定通り腕を切断されたのですが、次に寺内が運び込まれた際、軍医はふと、腕を残したらどうなるのかという実験を試みたくなったのです。
当時の医療としては、腕を残すことはたいへん難しい選択です。腕を切断された小武は、早々に傷も治り退院。腕を残した寺内は、激しい痛みに耐えながら、しばらく入院生活を続けることになるのですが……。
- 著者
- 渡辺 淳一
- 出版日
- 2008-02-08
2人の軍人は、それぞれどのような人生を歩むことになるのでしょうか。
医師のちょっとした心変わりや、手術を受ける順番によって、くっきりと人生の明暗が分かれるというストーリー展開は、読んでいてなんともやりきれない気分にさせられます。一方の男が徐々に嫉妬や恨みに支配され、常軌を逸した心理状態に陥る姿が細かく綴られ、自らの影を色濃くしていく様子に切なさを感じる作品です。
その他にも、医療に関わる3編の物語を読むことができる本作は、ユーモラスに描かれたものから、サスペンス色の強いものまでその内容も様々。最後まで飽きることなく読み進めることができるでしょう。
野口英世の知られざる人生が読める意義深い伝記小説
日本の偉人として有名な、野口英世の生涯を描いた渡辺淳一の伝記小説『遠き落日』。多くの伝記で語られることのなかった野口の意外な姿が、余すことなく赤裸々に描かれた本書は、吉川英治文学賞を受賞し、映画化されたことでもたいへん話題になりました。
1876年、福島県猪苗代湖のすぐ近くに住む、貧しい農家の家に生まれた野口清作(英世)。父親は酒に溺れ、母のシカが懸命に働き子供たちを育てていました。そんな環境の中でも幼い頃から勉学に熱中してきた清作は、学業に関して抜群の成績を誇り、同時に巧みな処世術を身につけていきます。
とにかく知人に金を無心する術に長けており、しかも清作は「優秀な人間が金をもらうのは当然」と考えていました。人の金に頼り、入った金はすぐに散財してしまうということを繰り返しながら、常人とは程遠い生活を送るようになるのです。
- 著者
- 渡辺 淳一
- 出版日
- 2013-12-13
火傷によって左手にハンデを背負ったことや、後に黄熱病の研究者として活躍したことは有名な話ですが、野口英世の浪費癖について触れた伝記はこれまでなかったことでしょう。
つい欠点のない聖人君子のようなイメージを持ちがちですが、偉人とは言え、やはり私たちと同じ人間なのだと感じられる作品です。
その金銭感覚や、個性的すぎる性格には驚かされるばかりですが、勉学に対する熱意は生半可な物ではなく、そのエネルギーに満ち溢れた生き方は十分尊敬に値するものでしょう。偉人としてではなく、野口英世という1人の人間の姿が描かれている素晴らしい作品です。
渡辺淳一の自伝的恋愛小説
渡辺淳一の私小説とも言われている作品『阿寒に果つ』は、18歳という若さで謎の自殺を遂げた少女の姿を、20年という時を経て振り返る恋愛小説です。
1952年、北海道阿寒湖畔で1人の少女の遺体が発見されます。一面の雪景色の中、真っ赤なコートを着て倒れていた彼女の遺体は驚くほど神秘的であり、白い肌は透きとおるように美しいものでした。少女の正体は時任純子、18歳。当時天才少女画家として注目を浴び、世間を賑わせた美少女だったのでした。
その出来事から20年。当時純子に想いを寄せていた、若き作家である田辺俊一は、自分が彼女のほんの一面しか知らなかったことを感じます。いったい彼女の本来の姿とはどのようなものだったのか。俊一は、純子と関係のあった男性たちを訪ね、その人物像を明らかにしようとするのです。
- 著者
- 渡辺 淳一
- 出版日
- 2015-04-23
ヒロイン時任純子の、怪しくミステリアスな魅力にどんどん引き込まれてしまう作品です。
物語は渡辺淳一の高校時代の体験を元に描かれており、実在した人物がモデルとなっているのです。著者も主人公の「若き作家」として登場し、切なさや寂しさ、苦しさなど、多感な時期に負った心の傷を切々と綴っています。17歳で初恋の女性を亡くすという出来事が、著者の人生にどれほどの影響を与えたのかと想像せずにはいられません。
彼女に翻弄された数々の男性が登場し、皆一様に「本当に彼女に愛されていたのは自分だ」と語るのです。多面的な魅力を放つ、彼女の本来の姿とは?読後、雪景色に佇む、赤いコート姿の彼女が、いつまでも脳裏に焼きつく1冊です。