様々な一面を持つ小説家、田中英光とは
田中英光は、戦前から戦後までの激動の時代を駆け抜けた小説家です。無頼派の一人であり、坂口安吾や太宰治などと共に、一時代を築き上げた人物でもあります。
1913年、当時の東京府に含まれた田中英光は、母の実家に移り、幼少期を鎌倉で過ごしました。その後早稲田大学に入学し、政治経済を学びます。体格に恵まれ、アスリートとしての才能も持っていたことから、在学中に開催されたロサンゼルスオリンピックには、漕艇選手としての出場を果たしました。
1935年に同人雑誌への寄稿を開始します。残念ながら、その同人誌はすぐに廃刊になってしまいますが、廃刊する一号前に掲載した作品『空吹く風』を読み、涙して手紙を送ってきた作家がいました。それが、当時既に小説家として歩み始めていた、太宰治です。
この手紙をきっかけとして、太宰の弟子となり、傾倒していきます。田中英光の代表作である『オリンポスの果実』は、二人が初めて対面する際、田中が持参した作品を、太宰がタイトルを変更させて文学誌に紹介したものでした。師の手引きにより、世に送り出され、多くの読者と賞賛を呼んだのです。
このように、田中英光の作家生活に欠かせない存在であった太宰治。彼の自殺時には、田中はショックのあまり、師の墓前で手首を切り、自殺未遂を起こしたほどでした。
田中英光の人間味溢れる作風は、その波乱万丈で人間的な生活の影響を、深く受けたものだと言えます。1937年に結婚し、ほどなくして子宝にも恵まれましたが、1947年には、静岡に妻子を残したまま東京に移り住み、当時売春婦をしていた愛人との生活を開始。太宰治の死をきっかけに、アルコールに溺れ、薬物中毒に陥り、愛人に刃物を向けたこともあります。
会社員時代は、駐在員として朝鮮で暮らしました。異国の地では、野戦病院に入ることもあり、こういった常人とは一線を画した人生のひとつひとつが、無頼な独自の文学性を育てていったのです。
そんな唯一無二の世界観を持つ田中英光の作品群において、特に手にとっておきたい傑作をピックアップして紹介しましょう。
田中英光の人生を映しこんだ、出世作にして代表作
田中英光が、後に師となる太宰治に会う際に、『杏の実』として持参した、代表作です。初出は、由緒ある文学誌「文學界」で、本作は掲載同年に池谷新三郎賞を受賞しました。
舞台は、ロサンゼルスに向かう客船上。主人公は、これからオリンピックに出場するボートの選手です。同じ選手団の陸上選手に恋をしますが、周囲のからかいや様々な擦れ違いから、想いを伝えるには至りません。
この作品は、田中の実体験をもとに書かれた私小説です。彼の作品が衰退期を迎えた時期でも、根強く手に取られ続けた一冊と言えます。
- 著者
- 田中 英光
- 出版日
田中英光が、自身の淡く苦い恋の思い出を、訥々とした語り口で綴った私小説です。二人の間には、激しいロマンスも、熱いやり取りも生まれることなく、読後はどこか寂しい想いを抱かされる人も多いでしょう。
この作品により、彼の小説家としての人生が開かれ始めた、田中英光の自己紹介ともなる一冊だと言えるかもしれません。主人公はもちろん、彼が片思いをするヒロインにも、実在のモデルとなった選手がいます。物語の中から、彼の後悔や切なさがひしひしと伝わってくる仕上がりになっており、主人公がヒロインに送ったラブレターを読むというスタイルと相まって、読者の心に深く響くことでしょう。
ナイーブで繊細な大男……ちぐはぐな彼の愛を知る一冊
田中英光は、高い背丈や強固な肉体を持ち、筋肉質でアスリートとしては非常に恵まれた身体を持っていました。本戦進出こそ叶わなかったものの、その肉体の力強さは、オリンピックの出場をはじめ、随所に見いだされます。
一方で、彼の強固な肉体に似つかわしくないと言えるほど、その精神は繊細で、心はとても傷つきやすいものでした。非常に儚い魂を持ち、小説家としての道を歩み始めた初期の秀作『桜』や、彼がまだ名を挙げていない時期から連れ添った妻との、結婚までの淡い愛の日々を描いた『愛と青春と生活』を読むことができる、至宝の一冊です。
- 著者
- 田中 英光
- 出版日
- 1992-09-03
戦前から戦後までの、激動の時代を生き抜くにふさわしい、猛々しい肉体を持っていた田中英光。そんな彼の肉体には、ある意味ちぐはぐなほどに優しく壊れやすい精神が宿っていました。
初期秀作の「桜」には、洗練された美しさこそないものの、ありのままの真っ直ぐで無邪気な、彼そのものの生き様が、刻々と書き出されています。
「愛と青春の日々」には、若くして結ばれ、やがて道が違えてしまう妻と結ばれるまでの、瑞々しい日々が描かれています。時代は変われど、田中英光の生きた世界を、生々しく鮮やかに知ることが出来るでしょう。