神話をベースにした真実の愛を問う物語
グローム国にはオリュアル、レディヴァル、プシュケーという三人の王女がいました。一番年長のオリュアルは、醜い自分とは正反対の容貌をもつ美しい末娘プシュケーを溺愛し育てます。しかしプシュケーのその美貌ゆえに、悲劇は起こりました。
グローム国を飢饉の災いから救うため、彼女は灰色の山の神、山の獣の花嫁に供されてしまったのです。
- 著者
- C.S. ルイス
- 出版日
しばらく後、離れ離れになった不幸な妹を探しに灰色の山へ入ったオリュアルは、再会したプシュケーが夫に全幅の信頼を寄せ、花嫁として幸福な生活を送る姿を目の当たりにし、惑乱状態に陥ってしまいます。
やがてグロームの女王となったオリュアルでしたが、彼女を待っていたのは、愛を求めるだけで満たされない孤独な日々でした。年老いた彼女は、すべての元凶である愛する妹を奪い去った神の非情を告発するために、一巻の巻物を記すことを決意します。
プシュケー〈心〉とアモール〈愛〉の有名な神話をベースにした、神と人間の関係性、そして真実の愛を問う壮大な物語です。
作品世界に新たな光をあてる、C.S.ルイスの唯一の自叙伝
ルイスが無神論者だった幼年時代からキリスト教を信仰するようになるまでの半生を語った作品ですが、家族のこと、ものを書くようになった理由など他にもたくさんのエピソードが盛り込まれており、キリスト教について深く追求した内容ではありません。一冊のエッセイとして、誰もが楽しめることでしょう。
なかでもいきいきと描かれているのが、ルイスが「わたしの幸福のひとつ」とまで語る、3つ年の離れた兄とのエピソードです。人生で初めて「美」を知った体験も、その兄がもたらしてくれたものでした。
- 著者
- C.S. ルイス
- 出版日
「ある日兄は、ビスケットの缶のふたを苔で覆い、小枝と花で飾り、それを箱庭かおもちゃの森のつもりで子ども部屋にもってきた。それがわたしの知った最初の美というものだった。ほんものの庭園が果せなかったことを、この箱庭が実現したのである。」(『喜びのおとずれ』より引用)
この時ルイスを襲った「法外な祝福」のような興奮は、その後の人生でも折にふれて蘇ってきたと言います。
「わたしはそれを『喜び』(ジョイ)と呼びたい。このことばはここでは特殊な意味に使っているのであり、幸福やただの楽しみとははっきり区別しなければならない。たしかにわたしが言う『喜び』は、そうしたものと共通する特徴をそなえている。つまり『喜び』を経験した人間は、だれでもふたたびそれを求めてやまないという事実である。」(『喜びのおとずれ』より引用)
やがてキリスト教への信仰につながるこの「喜び」への渇望が、「ナルニア国ものがたり」をはじめとする C.S. ルイスの作品世界を形づくっていると言ってもいいかもしれません。
悪魔を介して、C.S.ルイスが伝えたいこととは……
キリスト教の神と敵対し、人間を誘惑する任務に就いた悪魔のワームウッドへ、叔父の悪魔スクルーテイプがアドバイスを書き綴った31通の手紙からなる小説です。
スクルーテイプの手紙は、それまで先輩の悪魔たちがいかにして人間を堕落させ、洗脳させてきたかを教えてくれています。
- 著者
- ["C.S. ルイス", "森安 綾", "蜂谷 昭雄"]
- 出版日
- 1979-05-01
スクルーテイプの手紙によると、「人間が、生活の中での出来事を「当たり前」と満足し、それ以上の真実を追求しない」ということも、「変わらない、という状態を「停滞している」と認識し、現在よりも未来に価値があると思い込んでいる」ということも、すべて悪魔の仕業だったというのです。
なかでも強烈な印象を残すのが、付録として収められた「乾杯の辞」のこの言葉でしょう。
「最近、ある少女がささげた祈りに、こうしたすべては要約されています。彼女はこう祈ったのです。『神さま、どうかわたしをノーマルな、現代風の女の子にしてください。』われわれ悪魔の苦労の甲斐あって、こうした祈りはやがては、『神さま、どうかわたしを騒々しい、ばかな、他人の意見に左右される人間にしてください』といった意味になることでしょう。」(『悪魔の手紙』「乾杯の辞」より引用)
ルイスが悪魔の目を通して描き出した人間の性質や弱点に、たとえキリスト教徒でなくても、自分の生活や生き方を見つめ直すきっかけを与えてくれる一冊です。