あの有名文学のスピンオフ『うらなり』
夏目漱石の『坊っちゃん』に登場する「うらなり」を主人公として『坊っちゃん』のその後を描く異色の小説です。『坊っちゃん』のスピンオフ小説的な作品です。菊池寛賞を受賞しました。
東京から赴任してきて松山で英語教師をしていた「うらなり」こと古賀。許嫁を「赤シャツ」に奪われ、延岡に転任を余儀なくされました。本作では、彼のその後を描いています。
- 著者
- 小林 信彦
- 出版日
- 2009-11-10
古賀は同じ中学の数学教師だった堀田と30年ぶりに東京で再会するところから物語が始まります。そんな中で古賀は、松山にいた時代を回想していました。しかし古賀は隠居生活、かたや堀田は自分が書いた参考書が売れ、生活には困っていませんでした。
「他人に対して、私は必要以上に腰が低い。
はっきり言えば、態度が卑屈だというのである。」
(『うらなり』より引用)
亡き妻に自身についてそう評されたことのある古賀は、飄々としては見えますが、どこか厭世的な雰囲気を纏っているようにも感じられます。
「他人は私が〈善人すぎて騙される〉と言っていたようだが―まあ、そういう傾向が皆無とは言わないが―腰を低くしておけば間違いなかろうと考えたのは事実である。」
(『うらなり』より引用)
と、古賀のモノローグを見ていると、やはり気難しそうな印象を受けてしまうのですが、これは小林信彦なりの「うらなり」の個性付けであるのかも知れません。この感覚が原作である夏目漱石の『坊っちゃん』とのリンクを強め、主人公としては陰の薄い「うらなり」の個性を強めているのではないでしょうか。
「うらなり」の視点から見た、松山と坊っちゃん。その裏にはどこかうら悲しい雰囲気と、時代の変容がありました。あの時古賀が何を感じていたのか、その背景にあるドラマを感じさせます。ぜひ『坊っちゃん』と併せて読んでみて欲しい作品です。
手に汗握るコン・ゲーム小説『紳士同盟』
コン・ゲーム(信用詐欺)を題材としたエンターテインメント小説です。信用詐欺とは、相手を信用させて詐欺をはたらくやり方で、コン・ゲームといえばこの作品といえるのではないでしょうか。
時は1978年。ひょんなことから大金が必要になった3人が、詐欺師たちと手を組んでコン・ゲームを開始することになります。20年前のスキャンダルを暴露されて失職、妻とも離婚したTVディレクターの寺尾。同じく金に困っている寺尾の知人で、芸能プロダクション社長の旗本。三流役者の清水など、いずれも腹に何事かを抱えたキャラクターたちが登場します。
- 著者
- 小林 信彦
- 出版日
旗本の芸能プロダクションで事務をしている中本紀子には、名うてとされる詐欺師の父親がいました。それがある時旗本たちの知るところとなり、彼らは紀子に相談を持ち掛けます。しかし紀子の父親に会いに行った先で待っていたのは、コン・ゲームに挑戦するための厳しいテストでした。
「もし、若い読者(あなた)が、時間の裂け目に落ちて、一九四七年(昭和二十二年)の東京のどこかに、急にあらわれたとしたら、そこが地球上のどこであるのか、見当がつけにくいに違いない。」
(『紳士同盟』より引用)
作品は、読者に問いかけるような書き出しで始められています。そこから当時の日本の様子が事細かに描写され、それだけで舞台に没頭するには十分なほどの準備をさせてくれます。「いんちき臭くなければ生きていけない」と書かれているとおり、その後バブル時代、そして現代へと繋がる世相をそのまま反映しているようにも見えます。現代から見て、昔の日本はもはや異次元です。
紀子の父親が与える華麗なテクニック。それを思憑かない様子で3人が実践し、次々とコン・ゲームを仕掛けていく展開は非常にスリル満点です。ラストでは、意外などんでん返しも。目標は2億円……詐欺師たちはコン・ゲームに勝利し、大金を手に入れることができるのでしょうか。
早すぎたアイドル像『極東セレナーデ』
本作は、突然アイドルになった少女のシンデレラストーリーとして、かつて朝日新聞に連載されていました。。普通の女の子だった20歳の朝倉利奈は、ポルノ雑誌でアルバイトをしていましたが、ある日失業をしてしまいます。困っていたところ、突然ニューヨーク行きの話が舞い込んできます。
- 著者
- 小林 信彦
- 出版日
- 2016-03-25
利奈に提示されたのは、ブロードウェイに行き、舞台を見てそのリポートを東京へ送るだけという仕事でした。彼女はそこに採用され、ニューヨークに向かうことになります。彼女の身に起こることとは?そして、原発安全キャンペーンの仕事を、利奈は受けることになるのでしょうか。
「原発は信用できない」―今であれば即座に多くの反響を受けそうな言葉です。しかし、主人公のリナはそれを口にし、原発広報の仕事に対して疑問を持っています。ですがこれは嫌がったということを言いふらし、リナの悪いイメージを業界に植え付けようとする商売敵の計画でした。
自分たちで育てるアイドル像は、現代ではそれほど珍しくありません。しかし、現代を象徴するその存在を既に生み出していた小林信彦の先見の明に感嘆を覚えます。本作は30年前に描かれたとは思えないほど現代とリンクし、改めて問題提起をしてくれます。秋元康がモデルのキャラクターも登場するなど、テンポの良い文体で業界の裏側もリアルに描かれており、色褪せない名作のひとつとなっています。