山田太一らしさが光る作品。若返っていく女性との刹那の愛
主人公の田浦は、生活に疲れ果てた中年男性です。彼が怪我のため入院した病院で、睦子という老女と出会うことから、物語は始まります。
二度目に会った時、睦子は田浦と同じくらいの年齢にまで、若返っていました。彼女の美しさと謎めいた雰囲気に、田浦は強く心を惹かれていくのです。
不思議な現象を信じられないまま、田浦は睦子と逢瀬を重ねます。現れるたびに、若くなっていく睦子。止められない若返りに、二人は、この逢瀬の終わりを予感するのでした……。
- 著者
- 山田 太一
- 出版日
- 2013-05-08
この不思議な物語は、終始、田浦の視点から語られます。田浦は睦子に惹かれ、彼女に寄り添うため、家庭も仕事も放り出して、必死に追っていくのです。
一方で睦子は、若返りという数奇な現象に翻弄されています。そんな彼女にとって、自分を受け入れてくれる田浦は、救いだったのでしょう。
睦子は、いつまでも大人ではいられません。後半には、田浦が幼児となった睦子を抱きしめます。そのシーンは、2人の辛い心境もあって、読者には眩しいものに感じられるでしょう。この作品の魅力は、山田太一らしい、細やかで巧みな描写です。
読み進めると、まるで二人が過ごした時間を、一緒に駆け抜けるように感じるかもしれません。ロマンチックながらも甘すぎない、大人の方向けの物語です。
痛切でリアルな家族像『岸辺のアルバム』
河沿いに立つ、一軒家が舞台です。そこで暮らすのは、ごく平穏に見える4人家族でした。しかし水面下では、それぞれ悩みや思惑を抱えています。
夫の謙作は、会社の不振と激務に苛まれていました。妻の則子は魔が差し、男と会い始めます。長女の律子は、恋人に裏切られたことを隠しているのです。そして、末っ子の繁は、受験と、母親の浮気との板挟みになってしまいます。
ぎりぎりで均衡を保っていた生活ですが、ヒビが入るのは、則子の浮気からでした。いち早く気付いた繁は、何とか家庭内の平和を守ろうとするのですが……。
- 著者
- 山田 太一
- 出版日
- 2006-04-12
はっきりと言って、この作品は、甘くはありません。
絵に描いたような平和な家庭が、少しずつ壊れていく様子は、目を逸らしたくなるほどリアルです。それぞれに思いやりや愛情もあるのに、すれ違っていきます。読んでいて、辛いところもあるかもしれません。
しかし、もちろんただ辛いだけではありません。読み切った最後には、きっとこの一家を応援したくなる、そんな爽快感があるはずです。
家庭は、決して、平穏であたたかいだけのものではありません。家族の幸福とは、一体何なのでしょう?この本を手に、考えてみるのはいかがでしょうか。
戦火という悪夢『終りに見た街』
ある朝、家の周りが雑木林に一変していました……。主人公太一とその家族は、突然、昭和19年にタイムスリップしてしまいます。
時は、太平洋戦争末期です。そこにあったのは、食糧難、断続的な空襲、周囲との意識のズレ。一家の前には、あまりにも大きな時代のギャップが立ちはだかります。
太一だけは、幼少期に戦争を経験していますが、若い妻と子どもたちは戦後生まれです。おぼろげな記憶を頼りにしながら、彼は、一家揃って生き抜こうとします。
- 著者
- 山田 太一
- 出版日
- 2013-06-06
タイムスリップから始まる、SFのような設定の物語となっています。しかしその中で描かれるのは、とても現実的な問題ばかりです。
一家は必死に生き延びます。生活の厳しさに消耗しながらも、太一は、歴史を知る自分がこの時代に来た意味を、見つけようとするのでした。そして、空襲での被害を減らせないか、行動を起こそうとします。
非情な現実と、どんな場所でも、希望を持って生きようとする人間の強さが闘う本作。最後には、平和の儚さを暗示するような、驚きの結末が待っているのです。
空気すら伝わって来そうなほど、鮮明な戦時下の光景が、描かれています。読み終えた時、それまで戦争に抱いていた印象が、変わるかもしれません。
フィクションでありながら、戦争の恐ろしさを肌で感じられる作品です。