母親の愛情に胸をうたれる『天使が消えていく』
雑誌記者の亜紀子は、先天性心臓疾患の赤ん坊、ゆみ子を取材するにあたり、ゆみ子の母親である志保に出会います。望まない妊娠だった志保はゆみ子を邪魔者扱いして冷たくあたるのですが、ゆみ子は志保を慕い続けるのでした。そんな二人を放っておけない亜紀子は、疎んじられながらも志保のもとを頻繁に訪れるようになります。
そんなとき福岡のホテルで、宿泊客とホテルの経営者が相次いで殺される事件が発生しました。警察は、一人の売春婦を容疑者として追い詰めるのですが、彼女もまた殺されてしまいます。そしてついに、彼女を裏で操っていた真の黒幕が捕らえられ、その人物こそが売春婦の殺人にもかかわっていると思われたのですが……。
- 著者
- 夏樹 静子
- 出版日
結婚によりしばらく執筆活動から遠ざかっていた夏樹静子ですが、本作で江戸川乱歩賞候補となったことで再び注目を集める存在になりました。作者自身の子供への想いが投影されており、本格的なミステリーでありながら、母性を描いた文学的傑作でもあります。
ラスト10ページで明かされる真実を、誰が予想できたでしょうか。また、これほどまでに強い想いがほかにあるでしょうか。ひとりの母親としての夏樹静子を感じることができる作品です。
名作のオマージュ『そして誰かいなくなった』
豪華クルーザーの旅に招待されたのは、会社役員秘書、エッセイスト、医者、弁護士、プロゴルファーの五人。二人のクルーとともに、一週間の予定で葉山から沖縄に向かっていました。
初日の夜、突如船内に”裁判官”の声が響き渡ります。その声は、船に乗っている七人ひとりひとりの罪を告発するものでした。驚き青ざめる七人でしたが、アガサ・クリスティーの名作『そして誰もいなくなった』と酷似した光景であることから、その場にいない招待者の悪ふざけだろうと考え、一度は心を落ちつけます。
しかし、翌朝一人が死体となって発見され、さらには小説と同様に動物の置物がひとつなくなっていたのです。その後も置物がなくなるとともに次々と人が殺され、パニックに陥る船内。
犯人は一体誰なのでしょうか。そしてその狙いは何なのでしょうか。
- 著者
- 夏樹 静子
- 出版日
タイトルから明らかなように、アガサ・クリスティの名作『そして誰もいなくなった』のオマージュです。原作では孤島が舞台でしたが、本作では海上にうつしています。狭く閉ざされた船内は、人が次々と殺されていく展開における恐怖をかきたてるのに格好の舞台と言えるでしょう。
原作の読者には結末が予想できてしまうオマージュ作品が多い中で、本作は意表をつかれるラストが準備されており、原作を読んだかどうかに関わらず楽しめる作品になっています。「誰か」がいなくなるという言葉の意味に気が付いた時、思わず唸ること間違いありません。
ひとがひとを裁く難しさを問う『量刑』
主人公の岬は、不倫相手の秀人に依頼された極秘の届けものの途中で、交通事故を起こしてしまいます。そして、まだ息のあった母娘を弾みで殺めてしまった岬。秀人と共に山中に死体を遺棄することを決意します。何があっても岬を陰で支えることを誓う秀人。一方で、自分の関与を一切他言しないよう岬に言い含め、秀人を愛する岬もそれに同意するのでした。
やがて岬は逮捕され、量刑に厳しいことで有名な神谷裁判長が担当になったことから、死刑判決の可能性が濃厚に。秀人は岬をなんとか救うため、神谷の家族に近づきます。神谷は、家族の命と裁判官としての信念との間で苦しみながら、岬に刑を下すのでした。
- 著者
- 夏樹 静子
- 出版日
警察に厳しく追及され何度も崩れ落ちそうになりながら、かろうじて持ちこたえる岬に、感情移入する読者も多いと思います。一方、決して自らは表に出ようとしない秀人にいらだたしさを感じつつ、どこかその狡さを理解できてしまうひともいるでしょう。
そして、家族の命を握られたなかで決断を迫られる神谷裁判長。言葉ひとつで被告の命を左右する裁判長というの職責の重さを痛感するとともに、彼もまたひとりの人間なのだという当たり前の事実に気づかされます。
ひとがひとを裁く難しさを問う社会派小説でありながら、関係者たちの心の揺れを繊細に描いた文学的な要素も強い作品となっています。読み応えがある一冊です。