グレッグ・イーガン初心者にうってつけな短編集『しあわせの理由』
理論で固められたSFが読みたい、けれど長編を読むのは大変というときはこちら、『しあわせの理由』をどうぞ。
本書は9つの作品をおさめた短編集であり、重ための内容ながら親しみやすいテーマなので、イーガン作品初心者の方の入門本としてうってつけです。
- 著者
- グレッグ イーガン
- 出版日
理性があまりに強く働きすぎるようになった結果、愛や情欲といった熱い感情を失ってしまった主人公の独白が切ない作品、「適切な愛」。
光や音でさえも一方通行の動きしかできなくなる、暗闇へ巻き込まれた住民たちを助けに行くレスキュー隊員の物語「闇の中へ」。
絵画の世界を現実に再現しようとする思想集団に狙われた、警察官とキメラの物語「愛撫」。
不義や同性愛を忌避する科学者の、理論の穴と最悪の結末を描く「道徳的ウイルス学者」。
読めばわかる緩やかな恐怖「移相夢」。
高額で落札された聖母画をめぐる殺人事件を描いた、ミステリーとして楽しめる「チェルノブイリの聖母」。
死が失われた世界で、他者の死を知っている世代と、死を知らない世代の間で意思疎通を図ろうとする「ボーダー・ガード」。
幼い時分、互いの傷口を重ね合わせることで「血をわけた姉妹」の契りをした一卵性双生児の、人生の分岐を描く「血をわけた姉妹」。
無意識に生み出される好み。それを意識的に変更した場合、それは好みと言えるのか……。表題作でもある「しあわせの理由」。
どれも楽しめる作品です。
宇宙を解き明かす『万物理論』
アインシュタイン没後100年。それを機に世界の法則全てを説明する「万物理論」の発表が行われることになり、ジャーナリストである主人公は発表の地へ向かいます。
「万物理論」国際会議の会場はバイオテクで太平洋の人工島に独自の体制を維持する無政府共同体「ステートレス」。そこで起きる死後復活、そして反科学カルトの陰謀。
混沌が収束するときは来るのか――。
- 著者
- グレッグ・イーガン
- 出版日
- 2004-10-28
本書の特徴は、万物理論という物理学のテーマをメインに置きながらも、政治や宗教、人間模様といった社会学的なテーマが多い点にあります。その特徴を端的にあらわすフレーズがこちら。
「ひとつの精神が、それひとつきりで、別の精神を説明することで存在させられるものだろうか?」
(『万物理論』より引用)
自分とは何か、という問いを他者の存在と関係性の存在から解き明かす本書。
主人公は国際会議の地でカルト集団の起こす事件やバイオテク企業の陰謀に巻き込まれ、しまいには奇病に感染し、毒を発射されるなど、泥臭い危険に遭遇していきます。ビッグバンでさえも「万物理論」により再構築され、人間がすべていなくなる可能性がある――。
そんな無機質で一種の清潔感のある理論が交わされるのと並行して、死者が最期に見たものを露光する「死後復活」や生理的欲求からの脱却を望み外科的手術を受ける人々など、有機的な事象が並びます。
社会学あり、物理学あり、SF要素もてんこ盛りの『万物理論』。
最後、万物理論を得た主人公が世界を再構築するシーンは必見です。うすら寒いほど美しい世界の描写に、徹夜明けに見た朝日を思い出す方もいるのでは。
グレッグ・イーガンに慣れてきたら。短編集『プランク・ダイヴ』
表題作「プランク・ダイヴ」を含む7つの作品がおさめられた短編集です。宇宙への旅、他種の進化への干渉、不老不死の実現など、宇宙多めのSFらしいテーマが揃っています。
特に「ワンの絨毯」は長編『ディアスポラ』に組み込まれていることもあり、ディアスポラで宇宙の藻屑になりかけた方はこちらで肩慣らしをするのもおすすめです。
- 著者
- グレッグ・イーガン
- 出版日
- 2011-09-22
宇宙の外に何があるかと、その宇宙を支配することについて、ヴァーチャル宇宙を通して思考した作品「クリスタルの夜」。
自分の脳をクローンに移植することで若く健康な身体を手に入れたはずの主人公に生じた手術の欠陥、「エキストラ」。
数学SF「ルミナス」の続篇であり、抽象的な存在であるはずの数学が現実世界に影響を与える世界で自分の世界の維持をかけて戦う「暗黒整数」。
知識の探求を進めた結果、文明が退廃し知識も喪失される「グローリー」。
宇宙における自分の意味を問う、後に『ディアスポラ』の中に組み込まれた「ワンの絨毯」。
承認欲求を一切満たすことのない情報を探求する意味を問いかける「プランク・ダイヴ」。
未知を追い求め、自分たちが子孫の探求のための礎になることを望む主人公たちが熱い「伝播」。
どの作品も、ハードな理論と概念で魅了してくれる作品です。
普段はSFを読まないという方、読んでも軽いSFだけという方も、イーガンの書く重いSFはクセになること間違いなし。まずは短編からでも、ハードSFの世界に浸かってみてはいかがでしょうか。