世界が驚愕したナチス関与の告白
『玉ねぎの皮をむきながら』はギュンター・グラスの自伝的作品。個人史や世界史、創作活動のエピソードなどが巧みに織り込まれながら、物語は進みます。
この作品の中で、グラスは武装親衛隊(ナチスの軍事組織)との関与を告白。十代のとき、彼は軍事任務として武装親衛隊となったことを認めたのでした。ナチス青年運動における、自身の強烈な経験を描いています。
また、ナチス関与という罪悪感、羞恥心によって絶え間なく苦しんできたことを明かしています。
- 著者
- ギュンター グラス
- 出版日
- 2008-05-14
2006年8月、この作品の中で、グラスが十代のときナチス武装親衛隊だったということを明らかにしたとき、文学界では様々な意見が飛び交いました。
ニュースの反応は早く、1999年のノーベル賞授与を返還する声も挙がったほどでした。一方、グラスの支持者たちは、罪悪感を抱えながら過ごした日々によって償いはされた、と擁護しています。
グラスの若き時代の日々。そこには、宗教への一時的な関心、多くの女性への淫らな飢え、芸術に夢中になる欲求、そして、書くことへの欲求がありました。
グラスが生まれてから『ブリキの太鼓』が出版されるまでの自叙伝のような一冊です。
他作品の登場人物たちも顔を出すカオスなディストピア小説
物語の舞台は1984年。この年はねずみ年でした。語り手の夢の中で、核戦争による人類滅亡後の世界を「女ねずみ」が語ります。
語り手は、『ブリキの太鼓』の主人公であるオスカルに死にかけた森と酸性雨についての無声映画の制作を依頼します。オスカルは今やビデオ制作会社の社長となっていたのでした。
一方、汚染が進むバルト海へ、"くらげ"の調査へ出かけた5人の女たちは、知らず知らずのうちに"ひらめ"によって沈んだ伝説の都市へと導かれていき……。
『女ねずみ』は、様々な引用や複雑な枠物語の構造で語られるポリフォニー小説の怪作です。
- 著者
- ギュンター・グラス
- 出版日
多くの語りの要素から構成されたプロットです。寓話や旅行記、シュール世界の間を、物語は行き来します。映画的視点も用いられ、『ひらめ』や『ブリキの太鼓』などの小説からも、エピソードが取り入れられています。さらに、ヴィルヘルム・グストロフ号の沈没など『蟹の横歩き』に先んじるエピソードも用いられました。
グラスは、この小説をレッシングの『人類の教育』に対する逆像として思いついたと述べています。
ギュンター・グラスが求めた文学の可能性を示す一作
ある老カップルは、故郷ダンツィヒにポーランドで生まれたドイツ人のための墓地を作るという事業を思い付きます。
やがて、事業は必要以上に拡大し、当初の理念であった「宥和」の色合いは薄れて、どんどん企業としての利益を追求しはじめることに。事業は「改葬」にまで手を広げるに及び、老カップルは脱会を余儀なくされ……。
主人公の美術史教授が送った資料をもとに、旧友である「私」が想像力をもって編集、補足して語るという構造で物語は進みます。
- 著者
- ギュンター・グラス
- 出版日
戦後ナチスとの過去の関わりで文学表現を試みてきたグラスでしたが、80年代になると人類全体にかかわる危機意識を抱き始めます。冷戦の終結とドイツ統一を迎え、民族紛争や外国人排斥、環境破壊や南北問題など、従来の境界を越えていく問題を前に、文学の存在意義とはなにかという問題が重要になってきたのでした。
「人間の頭越しに」進む時代のあり方に対して即時に抵抗しなくてはならない、というのがグラスの歴史的帰結です。そこでは、従来の物語形式でもなく、ジャーナリスティックな記述でもなく、記録と物語の双方からのアプローチが必要とされます。歴史的にはドイツ統一から、物語においては事業から、失われてしまったものを描くのがこの小説の目的でした。
この小説で、グラスは決して語りえない言語的、歴史的な空白の周縁を、その雄弁さで浮き彫りにしようとしています。