寮生と寮監の心の交流を描いた、野沢尚の青春小説『反乱のボヤージュ』
19歳の坂下薫平は、首都大学医学部の1年生。個性的な仲間に囲まれて楽しい日々を過ごしていました。彼らは学生寮に入っていましたが、大学側は密かにこの寮の取り壊しを計画。元刑事の名倉という男を寮監として送り込み、厳しい統制を敷きます。
また、寮内ではストーカー・自殺未遂などの事件も勃発。他にも家族との揉め事や就職活動の悩みなど、大小織り交ぜた様々な問題が次々と発生。そんなトラブルに見舞われる中で結束を固めた寮生たちは、学生寮の存続を賭け、大学と戦うために立ち上がります。
- 著者
- 野沢 尚
- 出版日
主人公の薫平は、父親に捨てられ、母親に先立たれ、たった一人で辛い人生を送っています。そのせいか、寮の存続問題や他の寮生に起こるトラブルに関しても、どこか傍観者のような立ち位置。寮監として送り込まれた名倉は、かつて有名な事件の現場にいたこともある元機動隊員。名倉の厳しい部分が学生たちの心に少しずつ変化をもたらし、彼らの成長を促していく様子が魅力的に描かれます。
学生運動を描いた思想的な作品かと思いきや、学生と寮監の交流によって若者たちが精神的な旅立ちと成長を遂げる姿を描く青春小説のようです。どこか傍観者だった薫平が、自らの意志で行動するようになる、その変化に胸を打たれます。人物の心情が移り変わる表現の巧みさもあり、爽やかな読後感を与えてくれる作品です。
野沢尚がおくる、スピード感溢れるサッカー小説『龍時』
野沢尚が描いたサッカー小説です。無名の高校生・志野リュウジは、U-17のスペイン代表との試合に出場したことをきっかけに、スペインサッカー関係者の目に留まり、単身スペインに渡ることになります。やがて、スペインのプロサッカー選手予備軍の中で、だんだんと頭角を現してくるリュウジ。異国でプレイするうち、日本のサッカー界が抱える矛盾に気付くことになります。
母国の日本やそこに住む家族から離れ、トップスターになるべく、彼は遠いスペインの地で自分を追い込むのです。その甲斐あって、スペインに渡って1年も経たずにトップチームの試合に出場しました。バルサとの試合では劇的なゴールを決めるなど、みるみるうちにキャリアを積んでいきます。その様子が、リアルさをもって描かれているのです。
- 著者
- 野沢 尚
- 出版日
言葉の通じない異国での苦悩、リュウジの生活描写。日本人が理想とするサッカー選手の姿をそのまま体現したかのようなリュウジというキャラクターには、すぐに感情移入できてしまうでしょう。サッカーシーンの緻密な描写とスピード感のある文章も、実際の試合をその場で体感しているかのように感じられるのです。
サッカーを知らない人でも読める本作ですが、実在の選手名も数多く登場することもあり、サッカー好きの人であれば、ますます感情移入ができてしまうのではないでしょうか。ゲーム中の細かな描写や選手の心理状態などが非常にリアルで、引き込まれてしまいます。「リュウジ」という名前には隠された意味もあり、彼の魅力の形成に一役買っています。
テレビ報道への問題提起的作品『破線のマリス』
遠藤瑤子は、ニュース番組「ナイン・トゥ・テン」の編集担当。映像モンタージュを作ることを得意としています。瑤子の作る映像は虚偽スレスレの危険なものでしたが、毎回高視聴率を獲得していました。
ある時、瑤子は春名誠一と名乗る郵政官僚の男から、ビデオテープを受け取りました。それは、先日の弁護士転落死事件が郵政省での汚職事件と関わりがあるという主旨のもの。スクープになる、と瑤子は急いでテープを編集し、郵政官僚である麻生公生を犯人であるかのように仄めかす映像を製作します。その後、いつも通り上司の確認をすり抜けてそのままニュース番組で放送したのでした。
弁護士の葬儀で意味深な笑みを浮かべる、麻生公生。故意に犯人に仕立て上げられたかのようなその映像に麻生は逆上、瑤子に謝罪を求めてきます。不審に思った瑤子が調べてみると、郵政省には春名誠一という人物は存在しないということが判明するのです。
- 著者
- 野沢 尚
- 出版日
- 2000-07-15
本作で野沢尚は、江戸川乱歩賞を受賞しています。
テレビの情報操作や、虚偽の報道について問題提起する作品。報道とは何か、伝える側の立場とは?そんな問いかけもなされているように感じられます。報道サスペンスでありながら、終始ハラハラさせられる展開はエンターテインメント小説としても読むことができます。「マリス」とは英語で「悪意」を意味し、作品のタイトルが、まるでテレビに隠された悪意を暗示しているかのようです。