栗本薫の、とにかく貪欲に生きた人生
栗本薫は2009年にガンのため56歳の若さで亡くなりました。自らの早い終わりを予感していたかのように太く短く生きた人生で、遺された作品は小説だけでなんと400作以上。「中島梓」名義では評論やエッセイ、更には脚本や舞台演出なども手がける多才な人だったのです。
1953年に東京葛飾区で生まれた栗本薫。母親が歌舞伎好きで幼い頃から舞台をみて育ち、ピアノだけでなく長唄なども習わせる裕福な家庭環境でした。彼女が後に舞台の脚本や演出をしたり、音楽活動も行うようになったのはこの環境によるものでしょう。
少女時代の栗本は何よりマンガが好きで、特に手塚治虫の『リボンの騎士』により中世的なもの、両性具有的なものへの憧れを持ちます。そして中学で森茉莉の作品に出会うことで、彼女の中のBL的感性がはっきりときざしたのでした。
早稲田大学在学中からすでに小説を書き始めていた栗本は、卒業後就職せずに評論、小説などを猛然と書き始めます。同時にバンドを組んだり、BL雑誌「JUNE」の創刊に関わったり、TVのクイズ番組にレギュラー出演したり、ミュージカルの脚本や演出をしたり、小説道場で後進を育てたりと、とにかく精力的に活動を続けました。
栗本はこれだけ他方方面にわたる活動をしながら、そのすべてにおいて全力で、一定以上の成果を残しています。37歳で初めてガンにおかされて以来、栗本は克明な病状の日記をつけており、3冊の闘病記も残しました。最後の記述は2009年5月16日。亡くなる10日前までペンを握っていたのです。
自分のやりたいことについてはとにかく最後まで貪欲だった栗本薫。その「とにかく書きたい!表現したい!自分を残したい!!」という欲望への率直さが彼女と彼女の作品の魅力となっているのでしょう。
壮大な一大叙事詩
新興国ゴーラに攻められたパロ王国は陥落し、王家の血を引く者はリンダとレムスの双子の姉弟のみになってしまいます。怪物が群れなすルードの森で新たな追っ手が迫ってきた時、2人を救ったのは、逞しい体に豹の頭を持つ怪人だったのです。
- 著者
- 栗本 薫
- 出版日
- 1979-09-29
生まれつきとしか思えないほどぴったりとした豹頭の仮面をかぶせられ、自らの名と「アウラ」という言葉しか覚えていない勇者グインを主人公とする物語で、栗本薫の代表作の1つです。グインが豹頭にされた理由、双子は生き延び、パロを再建できるのかなど、1巻を読んだだけでもう先が気になってしかたなくなります。
2巻以降はセムの娘スニ、傭兵イシュトヴァーンを加えた一行が旅を続けるのですが、その後は栗本薫ワールドが展開する様々な人物や国が描かれるため、グインが中心でない巻もあります。
精悍な勇者、美しい姫と王子、ちょっと悪ぶった戦士など、主要人物の造型が多分にマンガチックでありながら、この長編の質が保たれているのは登場人物たちの弱さや人間くささまできちんと描かれているからです。例えばレムスは後に自分の弱さゆえに国を二分し、自らも囚われる結果を招くことになってしまいます。単に美しい少年王子から賢く優しい王になるのではないところが、物語を歴史書のようにリアリティあるものにしているのです。
魅力的な人物と次々に登場する身の毛もよだつような怪物たち、架空の国々で繰り広げられる戦い……緻密に作りこまれた世界観に魅了される人が多く、累計発行部数は300万部を超えています。正伝だけで130巻に及び、外伝は20巻以上。栗本薫の他界によりどちらも未完ですが、その後複数の作家により書き継がれていることは、読者のみならず書く側のプロもこの物語に魅せられていることの表れでしょう。
宇宙規模のスケールの神々と人間の戦い
夜な夜な悪夢にうなされる人たち。そのうちの1人である涼は大学で、面識のないあやしいほど垢抜けた女性から画廊に誘われます。好奇心をそそられた涼はそこに行ってみることにしました。そして絵を見ている時に「あなたはもう目覚めたのよ」と意味不明の言葉を耳打ちされます。その画廊には同じく悪夢を見る夏姫も来ていてー。
- 著者
- 栗本 薫
- 出版日
- 1986-09-10
20巻に及び、『グイン・サーガ』と共に栗本薫の代表作の1つとなった作品です。しかし『グイン・サーガ』が架空のものとはいえ人間の国々の隆盛を中心に描いているのに対し、『魔界水滸伝』はクトゥルーという地球を侵略しようとする邪神たちと、地球に昔からいる神々との戦いを描きます。
もともとクトゥルー神話とはアメリカの作家ラヴクラフトが創始者といわれる架空の神話なのですが、栗本薫は日本の歴史、藤原氏の家系などを組み込みながら、いつの間にか自身の作り上げた栗本版クトゥルー神話の世界に読者を引き込んでしまいます。どこまでが史実でどこからがフィクションの世界なのか、継ぎ目がまったくわからないのはさすがといえるでしょう。
怪しいルポライターの安西雄介、婚約者に振られおかしくなってフリフリ、ヒラヒラの服で町を闊歩する藤原華子、陰険な北斗多一郎など、巻を追うごとに濃いキャラクターが増えていきます。更に気持ちの悪い怪物がどんどん登場し、人類は容赦なくやられていき、主要登場人物かと思われたキャラクターも次々と死に、舞台は恐ろしいスピードで変わっていきます。
巻を重ねれば重ねただけ加速する、まさにノンストップエンターテイメント小説です。