ゆっくり猫時間を感じる『ねこのシジミ』 (イメージの森)
和田誠ファンの中で、和田家の実話ではと噂されるのが『ねこのシジミ』です。
ある日、公園に捨てられていた仔猫のきょうだい。その中でも目ヤニがついてタレ目だった1匹の猫が最後まで残ってしまいましたが、通りかかった男の子に拾われて行ったのでした。その猫がシジミです。
台所で丸まっている姿を、男の子のお母さんがシジミのようだと思い、そのまま猫の名前につけます。名前もつけてもらって家族の一員らしくなったシジミですが、名付け親のお母さんは、シジミなのにフジミと呼んだり、猫の名前をコロコロ変えて呼びます。
- 著者
- 和田 誠
- 出版日
- 1996-09-01
名前を変えられてもちゃんと自分の事だとわかるシジミ。ストーリーはシジミの目線を通し、猫の1日の過ごし方や生活の様子が描かれていて、猫が好きな方にはたまらない内容だと思います。
そんなある日、シジミの住んでいる家に泥棒が入ってきました。シジミは泥棒の足にくっついていましたが、部屋に閉じ込められてしまいます。その後、半年ほどして犯人は捕まったのですが、「猫がくっついてきて仕事がしにくい」という供述があり、警察が確認しに家へやってきました。証拠写真を撮る場面では、シジミとともに平野レミらしき方の微笑む姿も描かれています。
「自由」や「気まぐれ」といったイメージのある猫ですが、『ねこのシジミ』を読んでみると、人間より寿命の短い彼らにはその分濃い猫時間があるように感じます。猫は好きだけど飼えないという方にもおすすめの1冊ですよ。
和田誠の絵で送る「調和」の絵本『ぬすまれた月』
絵本の枠を超え、月についての知識も得られる『ぬすまれた月』。物語では昔、月に何かが住んでいると考えられてきました。あなたの目には、月には何が住んでいるように見えますか?
ある所に月が大好きな男がいました。彼は月のことがとても好きではしごをどんどん伸ばしていき、とうとう月を手にするのです。そして家に持って帰り、箱に入れて毎日形の変わる月を眺めて楽しむのですが……。
- 著者
- 和田 誠
- 出版日
毎日箱を開けて楽しんでいた男の様子を窓から泥棒が見ていました。そしてこっそり忍び込んで箱を盗むのですが、開けてみると中は空っぽ。実はこの時泥棒が見たのは、地球から見ると太陽がわにきてみえなくなってしまう「新月」だったのです。
そして次に女性が箱を拾ったときには、月は三日月になっていました。この三日月で竪琴を作って奏でると、誰も聞いたようなことのない音色がしたのです。そして彼女は外国から招待されますが、移動中の船内でバッグを開くと半月になっていて、怒った彼女は月を海に捨ててしまいます。
今度は海に捨てられてしまった月ですが、この物語で和田誠が伝えたかったことが、次からの展開に凝縮されているように思います。みんなのものを一人占めしてしまうことで、みんなの調和が乱れてしまうという。これは『ぬすまれた月』だけではなく、世の中の物事にも当てはまるのはないでしょうか。
月について学べるのはもちろん、周りとの調和を考えるきっかけがさりげなく書かれている『ぬすまれた月』。この本は、お子様が成長していく過程で年齢に応じた読み方、考えができそうな絵本です。ぜひ本棚の1冊に加えてみてはいかがでしょうか。
和田誠の絵にのせて、相手の気持を考える『どんなかんじかなあ』
いろいろな事に興味を持っていそうな男の子が表紙を飾る『どんなかんじかなあ』。この絵本は、小学校の読み聞かせや道徳でも取り扱われている人気の作品です。
ひろ君の友達、まりちゃんは目が見えません。目が見えないのはどんな感じだろうとひろ君は目を閉じてみます。真っ暗なようですが意外と色々な音が聞こえてきて、びっくりして目を開けるひろ君。しかし目を開けると、彼の周りはいつも通りの世の中で、特別に騒がしいことはないのでした。
- 著者
- 中山 千夏
- 出版日
- 2005-07-01
ひろ君は目の見えない友達がきっかけて目を閉じて新たな発見をしました。また彼には耳の聞こえない友達もいて、今度は耳栓をして風景やお母さんを見てみると、いつもは気づかない発見をします。
世の中には目の見えない、耳の聞こえないなど様々な境遇の人達がいます。普段、その人の立場になって考えることはあまりないのではないでしょうか。『どんなかんじかなあ』では、色々な境遇の人達がいること、また相手の立場になって考えてみることの大切さを教えてくれるのです。
そしてひろ君はどうしてこれだけ周りのことが見えているのでしょう。詳しくは『どんなかんじかなあ』を最後までお読みいただき、確認をしてみてください。