日本の三大奇書とは
日本の三大奇書とは、夢野久作『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』の3冊を指す言葉です。日本における「奇書」という言葉は奇抜かつ幻惑的なアイディアや設定を取り入れたミステリ界の異端文学に対して使われます。ちなみに中国では、「奇書」は面白い、優れているといったニュアンスになります。
三大奇書に挙げられた3冊は、読者を惑わす内容もさることながら、作品としての魅力も大変強く、一部からの強い批判に晒されながらも高い評価を得ているものばかりです。また、後に発表された4冊目の奇書とされる竹本健治『匣の中の失楽』は3冊の構成を受け継いでおり、その後も第五の奇書を名乗る小説が現れるなど、ミステリ小説界に与えた影響力は計り知れないものでした。
今も多くのファンを惹きつけてやまない三大奇書と、4冊目の奇書と呼ばれる一冊についてご紹介します。
無限のループに陥って逃げられない、三大奇書の一つ『ドグラ・マグラ』
”私”と語る青年は、見知らぬ部屋で目覚め、若林教授と名乗る会ったことのない男から記憶喪失であることを教えられました。青年は精神病患者に関連した事件の重要なカギを握る人物であり、若林教授の研究を完成させるためにも青年の記憶が重要だと語られます。
連れていかれた研究室で青年は、彼の記憶に関わると言われるあらゆる資料を読まされることになります。しかし、彼は資料を読めば読むほど混乱していくのです。死んだはずの人物が目の前に現れ、事件の中枢にあると資料から読み取れる人物が自分自身であると思い始め、許嫁とされる謎の美少女の存在が絡み合い、徐々に青年は自分自身のことが分からなくなっていきます。
- 著者
- 夢野 久作
- 出版日
一度読んだだけでは多くの読者が理解できないと評される小説『ドグラ・マグラ』の魅力は、その構造にあります。長編小説の冒頭と終幕が繋がっており、まるで繰り返し再生される音楽のような、巧みな構成がなされています。
また、『ドグラ・マグラ』の小説内に、青年が読む資料のひとつとして「ドグラ・マグラ」という小説が出てくるのです。混乱してしまうような構造ですが、私たちが読む小説について、小説の中で紹介されているということです。
奇妙なループや入れ子構造の中で、読者は自分の読者としての視点を失ってしまい、終わった瞬間にまたはじめから読んでしまうことでしょう。
日本発の本格ゴシック・ロマンス『黒死館殺人事件』
黒死病の死者を擁した城に似ていることから通称”黒死館”と呼ばれる館。登場人物は、そこには館から一度も出たことのない弦楽四重奏団、その4人を幼少期に館に招き入れた今は亡き創設者、館に残された秘書、創設者を父に持ち妾の子である美少年などがいます。
弦楽四重奏団の一人が不可解な死を遂げたことがきっかけで、探偵である法水麟太郎(のりみず・りんたろう)は館の依頼を受け、捜査にあたります。法水は独自の視点から怪奇事件の真相に迫っていきますが、その間にも次々と死者が増えていくのです。
- 著者
- 小栗 虫太郎
- 出版日
- 2008-05-02
館で起こった謎の死に探偵が挑む、という構造はよく小説では見かけるものです。『黒死館殺人事件』が奇書として挙げられる理由は、推理の基軸が神秘主義や呪術、暗号学など決してロジカルではないもので埋め尽くされているからでしょう。
主人公である法水は膨大な知識を持っており、偏りのある深い知識から常人には想像もつかないような推理を次々と繰り出すのですが、その内容はゴシックで西洋的、かつロマンスに溢れたものばかりです。
館そのものにも、亡き妻を模した自動人形や奇書に溢れた図書室などの謎めいた舞台が用意されており、世界観は実にゴシック・ロマンスを感じられるものになっています。
読んでいると知識量と飛躍的な展開に酔ってしまうため、読者にめまいを及ぼす奇書と言えるでしょう。