人生の舟の行き着く先は
システムエンジニアをしてる俊一と、その妻である冴子は、周囲と一定の距離を保ちながら生きています。人と打ち解けるのが苦手な代わりに、お互いを頼りに充実した人生を送っていました。
ある時、子どもを産めない体の冴子の姉・泉から代理母になってくれないか、という依頼を受けます。その時から、冴子の様子がおかしくなっていくのです。
- 著者
- 片山 恭一
- 出版日
- 2009-10-06
一見純愛ものではないかと勘違いしますが、人間の闇を感じるような、恐ろしい物語ともいえるのではないでしょうか。
冴子は、おなかが大きくなるにつれ精神をおかしくしていきます。近所を徘徊し、挙句の果てに川へ身を投げ込もうとするのです。しかし、その様子を見守るのは夫の俊一でした。止めることなくただ見守る姿に、誰の神経がおかしいのかわからなくなります。
夫婦関係は良好に思えますが、2人とも人と打ち解けるのが苦手です。しかし、2人で生きていこうと決断しました。それでもなお、同じもの同士、傷をなめ合っているようなうわべだけの関係だったのかもしれません。
このほかにも、夫婦の周りには精神を病んだ人物たちが多く登場します。彼らもまた、なんらかの原因があって病に至ったのでしょう。絶望感にさいなまれる人物たちが多くいる中で、冴子のおなかの中では「生」の象徴ともいえる赤ちゃんが育っています。
新しい命を誕生させる準備は、止める間もなく進んでいくのです。それに反し、冴子の「生きる」ことへの絶望感もまた進んでいきます。この作品もまた、生と死を中心に描かれていると言えるでしょう。
その対比の部分もまた、巧みに描かれた小説だと言えます。
生と死への決断が描かれる作品
投資信託の運用会社で働く男性・永江は、40歳目前にして離婚をしました。その後、あるきっかけで同級生だった由希と再会します。
お互いに気になる存在となった2人でしたが、やがて由希は心肺に病気が見つかりました。由希はこれ以上苦しみたくないと、永江に自殺の手伝いをしてほしいとお願いするのです。
- 著者
- 片山 恭一
- 出版日
- 2009-02-06
『世界の中心で、愛をさけぶ』のイメージとは大きく異なった、感動だけではない読後感がそこにはあります。病気で亡くなるだけが死ではないのだということをかんじることでしょう。
主人公も、周りの人間も、生と死について深く考えていきます。答えの出し方は人それぞれですが、死は自分以外にも、不幸をもたらすものであると感じることでしょう。
この作品は、会話から物語が進むものというよりも、ひたすら主人公が考えを述べていくという形式をとっています。登場人物も考え、こちらも考えさせられるという小説になっているのではないでしょうか。
生と死をテーマにした、独特な世界観を持つ作品と言えるでしょう。哲学書のような魅力のある本作、ぜひ読んでみて下さい。
片山恭一が死生観について考える
片山は、ふとしたことで哲学者である森有正のエッセイを手にします。
森有正とは、日本の哲学者であり、フランス文学者です。小さいころからキリスト教に入信し、フランス語を学びます。大学卒業後は、様々な大学で哲学史の講義をした人物でした。その後日本に永住帰国を決めたものの、病気となり、パリで滞在している時に亡くなった人物です。
森の生き方から、現代人はどのように生きていけばいいのか、と言う部分を語る哲学書です。
- 著者
- 片山 恭一
- 出版日
- 2014-09-05
この作品のサブタイトルは、「森有正と生きまどう私たち」とされています。森有正の死生観を基に、生きまどう現代人の生き方を哲学的に解説していく形式をとっているのです。
なぜ森は、パリで死ぬことになったのか?という部分を、彼のエッセイになぞらえて詳しく追及しています。
生きることに必死で、死ぬことなど気にもできない世の中ですが、こんなに一生懸命生きてきたのに、死ぬときは適当に、というのはもったいないです。自分の基盤となったパリで亡くなった森の信念をとても素晴らしく思うことでしょう。
死を考える、ということは同時に人生を考えることでもあります。この作品を読むと、自分はどう生きていきたいのだろうか、そして、死ぬとしたらどんなところがいいのか、と、普段考えない気持ちが浮かんでくることでしょう。
生と死を多く描いた片山ならではの研究書をぜひ読んでみて下さい。