三大奇書の一つ『虚無への供物』を描いた作家、中井英夫とは
1922年生まれの作家、中井英夫。“日本三大奇書”と呼ばれる幻想的かつ怪奇な三冊の本のうちの一冊、『虚無への供物』を書いたことでも有名です。
中井英夫という名儀は本名ですが、そのほか塔晶夫(とう・あきお)や碧川潭(みどりかわ・ふかし)という名前でも活動していました。代表作である『虚無への供物』も刊行当初は塔晶夫名義で発表されていたもので、彼を一躍有名にするまでは長い時間を必要としました。
小説家としての顔以外に角川書店の編集者としても活躍しており、歌人の寺山修司や春日井健の才能を見出したのも彼です。また、幻想耽美小説を代表する作家である澁澤龍彦とも交流が深かったそうで、独自の世界観を持つ作家たちの中枢となる存在だったことがわかります。
自身の持つ性癖やコンプレックスなどが糸を引いていたようで、美少年でありながら自身の顔を激しく否定する発言などが記録に残っています。
薔薇、人形、同性愛、偏愛などのテーマを扱いながら冷静な文体を持つ中井英夫の小説。その魅力は、彼の独自の美意識と、類まれなる文才から生まれ出たものなのでしょう。
中井英夫が描いたアンチ・ミステリーの代表作『虚無への供物』
宝石商で成り上がり大富豪として成功した氷沼家では、家族の不可解な死が続いていました。それは病死や事故死に始まるのですが、明らかに氷沼家の血筋に関わる者ばかり連続で死んでいるのです。
そんな折、駆け出しのシャンソン歌手として活動しつつラジオライターとして働く奈々村久生(ななむら・ひさお)は、氷沼一族の一人である大学受験生、氷沼藍司(あいじ)と共通の友人を通じて知り合います。自称推理力のある奈々村は、氷沼家の悲運を藍司から聞き、“これから起こる殺人事件”の推理をはじめます。
- 著者
- 中井 英夫
- 出版日
この小説が何故アンチミステリーと呼ばれているかというと、それは、小説に出てくる全ての登場人物が、読者という存在を知っているからです。
本の中の物語は本の中だけでとどまらず、読者の存在まで包括し、ラストでは読者に対して推理小説そのものの定義を覆すような答えを見せてきます。そもそもミステリー小説とはどういうものを指すのか?どうしてそれがミステリーになりえるのか?こんな俯瞰した疑問を、中井英夫は小説という形で読者に掲示したのです。
謎解きのプロセスは、民俗学や色彩学、植物学などのマニアックな知識を集め、シャンソンの音も取り入れながら幻想的な雰囲気を醸し出して進みます。知識が浅いとわからない言葉に出会うかもしれませんが、”雰囲気”という形で中井英夫の文体を楽しんでもらえるのではないかと思います。
面白いのは、家族が死んでいることに対する登場人物たちの無感情なところ。これがラストへの伏線にもなっていますので、ご注目ください。
幻想的かつ怪奇な短編集『とらんぷ譚(1) 幻想博物館』
精神科の教授が建てた医院“流薔園”は、精神病患者の見る夢をコレクションし、幻想博物館として展示することを目的につくられた場所。広大な薔薇の園に囲まれた“流薔園”で、”私”は院長からコレクションされている妄想、夢、幻想を聞かされていきます。
例えばそれは、夢想の中で妻を殺す男の話。あるいは、寝台を愛してやまない家具職人の殺人とその理由について。ところで、それを聞いている”私”はどうしてここに……?
幻想博物館に集まった夢想を紐解く形で、13のストーリーが展開します。
- 著者
- 中井 英夫
- 出版日
- 2009-12-15
『とらんぷ譚』は、収録されている短編がエースからキングまでのトランプに見立てられています。本書は第1巻としてスペードを表しており、同様の構成の他3冊をそろえて全てのスート(マーク)がそろう仕掛けです。
本書『とらんぷ譚(1) 幻想博物館』は、中井英夫が好むモチーフである”薔薇”や”美貌の少年”、”偏愛者”などが度々登場し、中井ワールドを楽しめる一冊となっております。
全てが夢という設定なので、眠る前に一作ずつ読んでいくのが良いのではないでしょうか。一気に読むと、あなたも何かの夢想に憑かれてしまうかもしれません。