ロザムンド・ピルチャーの自伝的長編小説
『帰郷』は、ピルチャーの自伝的小説と言われる長編小説です。
第二次大戦直前のイギリス、コーンウォールに暮らす少女ジュディス。父親は仕事で極東へ派遣されてイギリスにおらず、母親と妹ジェニーは父親について行ってしまい、ジュディスはひとり寄宿生活に入ることになりました。
そこで出会った同級生のラヴデーと仲良くなり、彼女の実家、ナンチェロー屋敷へ招かれ、週末を過ごすため初めて屋敷に足を踏み入れたジュディスは、瞬く間に屋敷とそこに住む人々に魅了されます。
ラヴデーの両親や兄弟、また屋敷の敷地内の小さな家で暮らす大伯母ラヴィニアらと出会い、温かく迎えられ、ジュディスは家族と離ればなれになった寂しさを慰められます。そして初恋や思いがけない経験を経て、少女から大人へと成長していくのです。
しかし、やがて第二次世界大戦が勃発。戦争は、愛し合う人々を否応なくを引き離していくのでした。
- 著者
- ロザムンド ピルチャー
- 出版日
上中下と3巻に分かれており、とても1日2日で読み切れる長さではない上に、1ページが2段に分かれてびっしり字が並んでいるので、最初はちょっと躊躇してしまうでしょう(『シェルシーカーズ』より長いのです)。
しかしピルチャーの文章は良い意味で難解なところがなく、ジュディスの物語が派手さはないもののささやかな事件が次々と起こるので知らずに引き込まれてしまいます。
ジュディスが戦争によって両親を失いながら、自らの手で「故郷」となる家を手に入れ、共に生き残った妹と一緒に「帰郷」するその姿は、まさに自立した大人の女性そのもの。
作中で、ジュディスの初恋の相手であり、親友ラヴデーの兄が戦死してしまうのですが、ラヴデーの母親(戦争によって息子を喪った母親)が、海軍婦人部隊に入るためイギリスを離れる決意をしたジュディスへ向けて言う、印象的なせりふが、
「ねえ、あなた、私を置いて行く気なら、せめてこれを持って行ってちょうだい」
(『帰郷』より引用)
そう言ってジュディスに渡したのは、夫人が、ロンドンに滞在する際に過ごすための家、言わば別荘の合鍵。
この鍵を使うためいつでも帰って来いという夫人の精一杯の愛情と、あなたまで私の前からいなくなってしまうのかという、夫人のやり切れない思いが吐露されており、息子を戦争で喪った深い悲しみが、この何気ないひと言にすべて集約されているのです。
長編は敷居が高いと感じたら、短編集から
ロザムンド・ピルチャーが描く、イギリスの何気ない日常生活を営む人々を描く短編集『ロザムンドおばさんの贈り物』。父を亡くし母と二人暮らしになった少年や、2人の子持ちの女性と結婚した青年の奮闘記など、ちょっとした困難や行き違い、誤解が解けて仲直りしていく様が生き生きと描かれています。
- 著者
- ロザムンド ピルチャー
- 出版日
本作の一つ、ハンサムで申し分のない恋人に対して引け目を感じている若い女性と、ある老人との束の間の交流を描いた「あなたに似た人」。
恋人の強引な誘い(その恋人に悪気はない)でスキーに来たけれど、運動は苦手でスキーなんてとても出来ないと尻込みしているヒロインは、通りすがりの老人にその悩みを打ち明けるのですが、老人はヒロインに向かって、こんな言葉をかけ、励まします。
「恐れてもいないことをやってのけたところで、勇敢な人間とは言えないのです。心も萎えしぼむほど恐れている事を敢えてする、それこそ、勇気というものです」
(「あなたに似た人」より引用)
このひと言でヒロインは勇気付けられ、スキーもやり遂げるのですが、ラストで老人の意外な正体が明らかに。
老人の言葉は、スキーに限らず人生の局面で言えることです。何気ないせりふに思いがけず勇気づけられるのも、ピルチャー作品の特徴です。
色褪せない思い出を振り返り、別れを告げる時
「ロザムンドおばさん」シリーズとも言うべき短編集『ロザムンドおばさんのお茶の時間』。ここでも、イギリスの田舎の美しい自然の中で生きる人達が描かれています。
若夫婦のちょっとしたいざこざ、幼馴染同士の行き違いとその和解、少年と正体不明の不気味な隣人が、ある事件をきっかけに心を通わせる様子などなど、あっという間に読み進められる優しい物語達です。
- 著者
- ロザムンド ピルチャー
- 出版日
本作の中で、楽しい子供時代を過ごしたイギリスの田舎で過ごす週末と、破天荒だった親戚筋の娘との再会を描く「再会」は、子供時代の思い出を振り返ると同時に、子供だった自分に別れを告げる物語でもあります。
「今日という日は二度とないんだよ。楽しむんだよ今を」
(「再会」より引用)
物語のラストシーンで主人公がヒロインに言うせりふです。
陳腐になりかねないせりふですが、この小説のラストで使われるこのせりふは、子供時代の感傷を捨てて大人になろうというメッセージと、主人公とヒロインの未来を暗示しています。