豊かな感性に退屈しない1冊
佐藤春夫が大正時代に執筆した日記やエッセイほとんど全てを凝縮した随筆集です。上下巻になっており、読み応えたっぷりの作品であること間違いなしです。
彼が子供だった頃の話から、自身の今の話、芸術について、文学についてなど、日々感じることなどを書き綴っており、彼が見ている風景を少しでも感じることが出来るでしょう。
- 著者
- 佐藤 春夫
- 出版日
佐藤春夫の作品の魅力として、幅広い知識や感覚から描かれている、という点が挙げられます。このエッセイでは、まさに彼のそんな感覚はなぜ生まれているのかということや、彼が見ている景色の一部分を知ることが出来るでしょう。
佐藤春夫は、詩、文学、歌詞、建築など、あらゆる芸術に興味を示し、携わっている多彩な人物です。この作品の中でもまた、芸術とはなにか、という部分について語っています。
菊池寛らとともに「芸術とは何か」という討論をしたという内容の後、
「芸術の内容とは、題目を創作するに際して持つ作者の熱情である。」(『退屈読本』より引用)
と、芸術の内容と題目について自分の考えを語るのです。
全体的に言葉は難しく、理解しづらい部分も随所に見受けられますが、この文ですら芸術なのではないか?と思えるような、感覚的な文章で表されていることが分かります。佐藤春夫が芸術についてどのように考え、作品を発表しているのか、という部分を感じることが出来るでしょう。
こちらの作品はもちろんエッセイなのですが、佐藤の美しい言葉選びから、まるで詩を読んでいるかのような感覚に陥ります。
佐藤春夫の小説を読んで、作者自身が気になった方はぜひこちらも読んでみて下さい。
佐藤春夫、最初の詩集
大正時代に刊行された、佐藤春夫のロマンチックな詩集です。古典的な言葉遣いを使用して現代の詩を歌うという、独特な方法からも有名な作品となっています。
春夫と言えば、なんと谷崎潤一郎の妻を譲り受けたことでも有名です。この作品にはその出来事を歌った詩も掲載されています。
- 著者
- 佐藤 春夫
- 出版日
- 2003-01-25
「われは古風なる笛をとり出でていま路のべに來り哀歌す。節古びて心をさなくただに笑止なるわが笛の音に慌しき行路のひといかで泣くべしやは。」(『殉情詩集』より引用)
序章では、上記のようにあえて古典文で描かれています。そのことを「古風なる笛」と表現するところがなんとも心惹かれませんか?このように、繊細な文章が多く掲載されていて、どこを読んでも芸術の一部に触れたような、そんな感覚に陥ります。
特におすすめしたいのが、「水辺月夜の歌」です。こちらは、当時話題になった谷崎潤一郎の妻を譲り受けた事件の際に、譲り受けた千代子氏への恋心を歌ったものです。
「せつなき恋をするゆゑに 月かげさむく身にぞ沁む。もののあはれを知るゆゑに 水のひかりぞなげかるる。 身をうたかたとおもふとも うたかたならじわが思ひ。 げにいやしかるわれながら うれいひは清し、君ゆゑに。」(『殉情詩集』より引用)
古文が苦手な方にも、「せつなき恋」「憂いは清し」などの文は感じることができるのではないでしょうか。
本気でその方のことが好きで、それでも切ない恋をしているのだな、ということを感じ、とても切ない気持ちが湧いてきます。「水辺月夜の歌」という繊細な題名も心惹かれますね。
佐藤春夫の「わんぱく」な少年期
明治時代、春夫が子供の頃の体験を描いた長編小説です。和歌山県に生まれた少年は、友人と野山を駆け回り、文字の通りわんぱくな日々を過ごします。
やがて戦争や、「大逆事件」への反発にも触れ、初恋も経験して、少年が大人になっていきます。そんな様子をありありと描いた一冊です。
- 著者
- 佐藤 春夫
- 出版日
- 2010-10-09
戦争を乗り越え、初恋を経験し、大人になっていく主人公の姿をつい自分のことのように思う人は少なくないのではないでしょうか。そう思うほど、自然や子供の様子がリアルに描かれています。子供の頃、実際の戦争に影響されて始めた戦争ごっこなどは、まさしく時代を感じる内容です。
また、当時を知らない方でも、わんぱくってこういうことを言うのだな、と感じることが出来るでしょう。
そのなかでも大きく取り上げられるのは「大逆事件」です。子どもながらに、大逆を起こしたのは誰か、ということを語る口ぶりからは、作者自身の強い気持ちが伝わってきます。それはきっと、当時佐藤春夫自身が感じた気持ちなのでしょう。
初恋についても淡く描かれていて、とても繊細に感じます。
「君が瞳はつぶらにて 君が心は知りがたし 君をはなれて唯ひとり 月夜の海に石を投ぐ」(『わんぱく時代』より引用)
この詩からも相手への気持ちが深く伝わります。「石を投ぐ」という表現に、切なさが増すことでしょう。
また、この作品は、「野ゆき山ゆき海べゆき」というタイトルで映画化もされています。時代、舞台とも異なりますが、本作を原作にしたものなのでこちらもあわせてぜひご覧ください。