死と生とは何なのか。堀辰雄自身の体験談
主人公の婚約者である節子は体が弱く、結核を患っていました。療養のため、長く療養するための施設であるサナトリアムへ向かい、彼もまたそこで暮らしていく決意をします。
出会った夏から、病気が重くなった春、秋、冬、そして節子の死まで、主人公の日記として語られていきます。そして、節子の死を受け入れ、彼は生きていくことを実感していくのです。
- 著者
- 堀 辰雄
- 出版日
- 1951-01-29
あらすじから見ても、切ないのだろうと予想されるこの作品は、ジブリでアニメーションとして制作された『風立ちぬ』の原案となりました。しかし内容は大きく異なり、本作はすべて主人公の手記で話が進んでいきます。
この小説の魅力的なところは、なんといっても美しい言葉の数々であります。
「そんなにいつまでも生きて居られたらいいわね」
「お前にはね、おれの仕事の間、頭から足の先まで幸福になっていてもらいたいんだ」
「ただ彼女をよく見たいばかりにわざと私の二三歩先きに彼女を歩かせながら森の中などを散歩した頃の様々な小さな思い出」
「こうやってあなたのお側に居さえすれば、私はそれで好いの。」(『風立ちぬ』より引用)
こんな甘いセリフを言いあいながら、節子が段々季節ごとにやつれていく姿を、共にしていくのはとても胸を締め付けられます。
これらは死ぬのを覚悟している、死を目の前にしている節子と、今から一人で生きていかなければいけない主人公の気持ちが伝わってくるシーンではないでしょうか。
また、この二人が言葉を発しない場面も必見です。彼は、節子のためを思ってしたことは本当は自分のためだったのではないだろうか?幸福とは何なのか?ということをひたすら考えます。迫ってくる死を考えると共に、「生きること」を考えさせられる、そんな物語です。
この作品は、堀辰雄が実際に愛していた女性がモチーフになっています。実体験のような書きぶりはそのためでしょう。内容は暗いですが、隅々まで散りばめられた二人が相手を思う気持ちが溢れる作品になっているのも、リアルさを感じます。読んだ後、胸が苦しくなるような切なさを持つ物語です。
同時に収録されている「美しい村」は、「風立ちぬ」での女性のモデルと実際に出会った物語なので、そちらもぜひ読んでみて下さい。
結婚生活から自立する女性の物語
「楡の家」では母親の日記形式で、「菜穂子」では母親の日記を読んだ娘・菜穂子の結婚生活を描いた物語です。
菜穂子は適当に決めてしまった結婚生活で、夫と姑から仲間外れにされていることを気づまりに感じていました。そんな中、菜穂子は喀血をし、結核の療養所で暮らすことになります。
登場人物は菜穂子の他に、幼馴染の明、夫の圭介、姑です。3人が代わる代わる見舞いにやってきますが、菜穂子はすべてに表面的な態度をとります。
- 著者
- 堀 辰雄
- 出版日
- 1948-12-17
菜穂子は、母親の日記を読み、苦々しい想いと共にその日記を目の届かないところに追いやってしまいます。
姑と夫と嫁との関係は複雑で、夫が気づかない菜穂子の様子を姑が気づいています。そして、姑もその夫の気づかなさを利用し、菜穂子の病状をはぐらかすのです。その三者の関係が、菜穂子と夫・圭介の溝を深くして言っていたのかもしれません。
結婚とは、何なのだろうか?その点についても、三者の関係を基に菜穂子は考えていきます。
夫である圭介は、菜穂子がいる日常のことを普通のことだと思っているけれど、幼馴染の明は菜穂子のことを特別な存在であると感じています。圭介と明は出会うことはないですが、菜穂子への気持ちや態度が両極端で面白いです。
また、この作品の見どころの1つは、菜穂子と圭介の関係性です。圭介が菜穂子に会いに行き、菜穂子もまた、病院を抜け出して圭介に会いに行きます。
「若しお前がそれほど俺の傍に帰って来たいなら、話が別だ」
「ひょっとしたら夫がいまにもその瞬間の彼女の心の内が分かって、『もう二三日このホテルにこの儘いないか~』そんなことを云い出しそうな気がしたからであった。」(『菜穂子』より引用)
そんな二人の想いは伝わることなく、夫は去っていくのです。切ない恋物語、ぜひ読んでみてください。
美しい文章でつづられた、堀辰雄の紀行集
作者が大和や信濃をめぐりながら、日本の風景をつづったエッセイです。日本の古くからある風景や春夏秋冬をめぐる木々の変化などをありありと感じ取れるこの作品は、堀辰雄ならではの上品な、美しい文章で表されています。
- 著者
- 堀 辰雄
- 出版日
- 1955-11-01
まず目を引くのは小題名です。「斑雪」「浄瑠璃寺の春」など、四季を感じさせながら上品な表し方をされています。この題名だけでも、興味を引かれませんか?
旅の中で、作者は寺や石など、特定のものに深く思いを巡らせていきます。
「私はまた心の一隅であの信濃の山近い村の寺の小さな石仏を思い浮かべがちだった。」(『大和路』から引用)
小さい石仏にまでとことん疑問をぶつけ、深く知りたがる様は堀辰雄ならではの視点です。
また、後半では彼の奥さんも旅に参加。二人ともが興味を示すもの、妻は無心なもの、また彼が無心なもの、と物によって二人が意見を交わし合う場面はとても愉快に思えます。
感じ方が違っていても、「自分はこう思う」と意見を言う妻はとても強く美しく描かれています。そして、口調が上品なことも印象に残るでしょう。堀1人だけでは感じうることのできなかったものが、妻の存在によって語られていくことはとても面白く思えると考えられます。
大和、信濃の現在を知っている方はもちろん、その他の方にも、日本の古くからある美しい景色を感じられること間違いなしの作品です。