宝永の大噴火に奔走した伊奈忠順の物語『怒る富士』
新田次郎は気象学者時代に富士山頂観測所に勤務した経験から、『富士山頂』『富士に死す』『芙蓉の人』など富士山を題材にした作品を多数執筆しました。今回ご紹介する『怒る富士』もそのうちの1つ。本作は1707年に富士山の7合目付近で起きた「宝永の大噴火」と呼ばれる噴火を背景に、被害を受けた麓の村に住む人々の救援とその後の復興に奔走した関東郡代伊奈忠順を主人公として描かれた物語です。
史実をもとにしたフィクション作品のため、架空の人物も登場しますし、事実とは異なる点もあります。しかし綿密な調査を重ねた著者の力筆により迫力のある物語に仕上げられた本作は、読者に凄まじい大噴火の様子と復興の大変さを大変リアルに想像させることでしょう。
- 著者
- 新田 次郎
- 出版日
- 2007-09-04
1707年11月23日に大噴火を起こした富士山は、その後16日間にわたって富士山東にあたる駿河国駿東郡と相模国足柄上郡と足柄下郡に大量の火山灰を降らし続け、麓の村に住む人々に甚大な被害をもたらしました。被害に遭った村の百姓たちは小田原藩に直訴し、小田原藩は当面の救済として2万俵の米を出しますが、それでは十分な救済にはなりませんでした。しかし、藩の財政状況が悪く、それ以上の救済措置がとられることもありません。
ここで代官に任命され、村人を救済しようとしたのが関東郡代伊奈忠順でした。彼は幕府に掛け合い、苦労して救済金を集めます。しかし幕府の財政状況も芳しくなく、またこの時期は綱吉政権の末期で政争の最中。噴火の被害者への救済がなかなか重要視されない中、彼は必死に救済の必要性を訴え、その場しのぎではありますがわずかずつ救済策の承認をとっていきます。
しかしその努力も虚しく、噴火4年後の1711年冬、駿東郡59ケ村の百姓全員が餓死するかもしれないという最大の危機に直面します。そこで彼は幕府の許可を得ずに米蔵から5千俵の米を運び出し、被害者に配給するという最終手段をとりました。彼の行いにより多くの村人が救われましたが、これはすぐに幕府の知るところとなり、彼はその全責任を負うとして切腹。非業の死を遂げました。
新田次郎は当時の文献をあたって綿密な調査を重ね、富士山の噴火から伊奈忠順の死までを非常に克明に描いています。また当時の複雑な政権争いも詳細に記述されており、この時代を知るのにも大変適した1作です。是非、読んでみてください。
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フランク安田の英雄譚『アラスカ物語』
自らの生涯をイヌイットに捧げ、アメリカのアラスカ州に彼らのための新しい村をつくった日本人、フランク安田。エスキモーたちはその功績を湛えて彼を「ジャパニーズモーゼ」と呼び、彼はエスキモーの間で伝説として語り継がれる英雄となりました。
その名を聞いたことのなかった人も本書を読んで彼の功績を知れば誰もが「彼こそ日本が誇るべき英雄だ」と思うにちがいないはず。またフランク安田の生涯を紐解き、尊敬の念を込めて力筆した新田次郎の腕前はやはり本物だと改めて感じられることでしょう。
- 著者
- 新田 次郎
- 出版日
- 1980-11-27
フランク安田、本名安田恭輔は1868年、宮城県で医師・安田静娯の三男として生まれました。彼は15歳のときに両親を亡くし、生計を立てるために三菱社で働きます。
人生の転機が訪れたのは彼が22歳の時でした。アメリカ沿岸警備船「ベアー号」の乗組員になるためベアー号の雑用係の職を得た彼はその懸命な働きで船長の信頼を勝ち取ります。しかし船員は全員が白人であり、唯一の有色人種だった彼は人種差別に悩まされていました。
そんなある日、猛烈な寒波に襲われたベアー号はアラスカ海上で氷に閉じ込められ、身動きが取れなくなってしまいます。氷が溶けるのは数カ月後。フランク安田はそれまで食料がmo
たないことがわかって動揺した乗組員たちにあらぬ疑いをかけられたことで命の危機を感じ、ある任務に志願します。それは1人で吹雪が吹き荒れ氷が張る大地を横断し、アラスカ最北にあるエスキモーの村、ポイントバローまで救助を求めに行くという大変危険な任務でした。
不屈の精神と幸運で無事ポイントバローに到着し任務を完了したフランク安田は、ベアー号を救った英雄として再び船に迎えられます。しかし彼はここで、ベアー号を降りる決断をするのでした。ポイントバローに移ったフランク安田はエスキモーと共に生肉を食べ、言葉や狩猟技術を学び、彼らの生活に馴染んでいきます。彼はこの後一度も故郷に帰らず、死ぬまでアラスカで暮らしました。
本作にはアラスカで家庭を持ち、人々を導いて新しい村をつくったフランク安田の軌跡が詳細に、ドラマティックに描かれています。全編を通して感じられるのは、何より彼の人の良さ。フランク安田は誰に対しても分け隔てなく接し、見返りを求めることなく人のために尽力しました。様々な困難を乗り越え、強くそして優しく生きた1人の英雄の物語です。
珠玉の山岳短編集『強力伝・孤島』
最後にご紹介するのは新田次郎の短編作品集『強力伝・孤島』です。本作は直木三十五賞を受賞した表題作「強力伝」のほか、生涯をかけて富士山頂に観測所の建設したある技師の物語「凍傷」、太平洋上の離島で気象観測に励む人々を描いた「孤島」、1902年に起きた史上最悪の遭難事故「八甲田雪中行軍遭難事件」を題材にした「八甲田山」、ともに山犬扱った民話調の作品「おとし穴」「山犬物語」の全6編が収められ、初期の新田次郎作品を堪能できる1冊となっています。
- 著者
- 新田 次郎
- 出版日
- 1965-07-30
本作品集のテーマは一貫して「山」。山岳小説家、新田次郎の山に対する思い入れの深さを思い知らされる、濃い作品が揃った1冊となっています。その中から今回ご紹介するのは表題作である「強力伝」。彼の処女作でもあるため、是非読んで頂きたい作品です。
「強力伝」の「強力」とは、重い荷物を背負って山を登る職業のことを指します。1941年、富士山麓の名強力、小宮正作がある大仕事を引き受けました。それは白馬岳山頂に風景指示盤を設置するため、50貫近くある花崗岩2個、重さにして約187キログラムを山頂まで運び上げるという大変難しい仕事。彼は名強力のプライドを賭けて、この大仕事に挑みます。
彼は道中様々なアクシデントに見舞われ、自然の脅威に手に汗握る展開が繰り広げられます。彼は無事この仕事を完遂することができるのでしょうか。山岳小説家、新田次郎の原点といえる作品です。是非読んでみてください。
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