小学生の発想力を花開かせる谷川俊太郎の詩集『どきん』
最初に、この『どきん』というタイトルを目にしたとき、子供たちはどんな反応をするでしょう。好奇心の眼が大きく見開かれ、とりあえず本を手に取って近くで見てみようとするのではないでしょうか。この、たった3文字に、子供だけでなく大人も、何か心に引っかかり、思わず手を出してしまう、ちょっとした魔法のような力を感じます。
現代の詩人として代表的な谷川俊太郎が詩に込めてきた思いとはいったい何だったのでしょうか。
- 著者
- 谷川 俊太郎
- 出版日
「さわってみようかなあ つるつる
おしてみようかなあ ゆらゆら
もすこしおそうかなあ ぐらぐら
もいちどおそうかな がらがら」(『どきん』より引用)
何かに興味を示し、好奇心のまま体が動いてしまっている子供。そんな姿が目に浮かびます。ただ、これは大人の目線。この詩を子供が読んだらどんな反応を示すでしょう……なんだか言葉のリズムが面白くって、友達と一緒に大きな声で読んでみたり、身振り手振りで言葉を表してみたり、それぞれの子供がさまざまな反応を見せてくれそうな気がします。
俊太郎は、「詩」には答えはなく、論理で組み立てられているものでもない、曖昧で割り切れないものだから、人それぞれ受け取り方が違うと言っています。
国語の教科書に『どきん』が載ってから、この詩の解釈合戦が繰り広げられましたが、俊太郎が言うように、言葉の意味を考えすぎてしまうと、詩は活力を失い、輝きをなくしてしまうのではないでしょうか。
この詩集には、子供たちが、その成長の段階で、それぞれが様々に受け止め、乾いたスポンジが水を一気に吸い取るように、その素直な感受性に染み込んでいく詩がいっぱい詰まっています。
「みちのおわったところでふりかえれば
みちはそこからはじまっています
ゆきついたそのせなかが
かえりみちをせおっている
でももどりたくない
もっとさきへ
あのやまをこえてゆきたい
たとえまいごになっても」(『どきん』「みち 6」より引用)
小学校高学年になり、思考が急速に高度化し、それに戸惑いを覚える時期の子供に贈りたい詩です。
生きていくことを静かに肯定する工藤直子の詩集『あいたくて』
「わたしは
わたしの人生から
出ていくことはできない
ならば ここに
花を植えよう」(『あいたくて』「花」より引用)
サラッと書かれたような短く平易な言葉の奥には、深い思いが隠されています。詩というものは、ある意味、平易に書こうとすればするほど難しいものなのかもしれません。児童文学作家、工藤直子の詩は、平易な表現でありながら奥深さがあり、子供の心を揺さぶり感受性の花を開かせるものがたくさんあります。
- 著者
- 出版日
- 2011-09-28
「あいたくて
だれかに あいたくて
なにかに あいたくて
生まれてきた──
そんな気がするのだけれど
それが だれなのか なになのか
あえるのは いつなのか──」(『あいたくて』より引用)
心にはひだがあり、人はそこからさまざまなものを吸収していきます。子供の心のひだは柔軟で、何でも驚くほどの速さで吸収していくものです。ただその際、善悪美醜の区別はつかないことが多いため、小学生のうちは大人が厳選してあげる必要があるかもしれません。
良質な言葉に触れさせたい。そう思ったとき、工藤直子の詩は最適と言えるでしょう。子供の想像力を広げ、優しい気持ちになれるものが多いからです。
「『こころが くだける』というのは
たとえばなしだと思っていた ゆうべまで
今朝 こころはくだけていた ほんとうに
ひとつひとつ かけらをひろう
涙がでるのは
かけらに日が射して まぶしいから
くだけても これはわたしの こころ
ていねいに ひろう」(『あいたくて』「こころ」より引用)
うまく言葉にできない感情を、ここまで見事に伝えられる工藤直子の詩は、素直な子供の心にストレートに届くことでしょう。
小学生の子どもの、美しいものを愛する心を育てる『花をうかべて』
29歳という若さで生涯を閉じた新美南吉。代表作でもある童話『ごんぎつね』は知っている人も多いと思われますが、南吉はその短い生涯の中で、美しい詩も残しました。それは、そこはかとなく香ってくるような美しさであり、優しさに満ちた言葉でつづられています。
- 著者
- 新美 南吉
- 出版日
新美南吉が優れた童話を生み出せたのは、彼が詩人だったからと言えるでしょう。優れた童話というのは、直接的な表現を用いて読み手を動かすのではなく、間接的に心に働きかける手法を取ること。彼は物語に奥行と無限の広がりを持たせることに成功しています。
言葉で答えを提示するのではなく、読み手の心が自発的に動き出すきっかけを与える「詩」は、童話と同じ地平に存在しているといえるのではないでしょうか。
「窓をあければ
風がくる 風がくる
光った風がふいてくる
窓をあければ
こえがくる こえがくる
遠い子どものこえがくる
窓をあければ
空がくる 空がくる
こはくのような空がくる」(『花をうかべて―新美南吉詩集』「窓」より引用)
一見、状況を説明しているように思えるこの詩も、ただそれだけではない余韻を感じることができます。
自分の思いと現実との溝を感じつつも、それが何なのかも分からず、まして説明などできない……そんな未成熟な小学生の時期に、新美南吉の詩は優しく寄り添ってくれるでしょう。