司馬遼太郎は多くの歴史小説がドラマ、映画として映像化され私たち日本人の歴史感覚に影響を与えているといわれています。亡くなった後もその人気の衰えないロングセラーを誇る作家です。魅力あふれる数多くの作品の中から10冊を選びました。

織田信長の後を受け、天下を安泰へ導いた豊臣秀吉の治世。しかし世が再び乱れることを望むもの、今の秀吉の天下を維持したいものの思惑が錯綜し、伊賀の忍者重蔵(じゅうぞう)のもとに秀吉暗殺の依頼が舞い込みます。伊賀甲賀の人の目に触れない闇の世界での争いが始まるのです。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
- 1965-05-04
織田信長がまだ美濃の一勢力に過ぎなかった時から、臣下の中から嫁を貰い関係を結びたいと申し出る先見の明のある元親。彼は蛮人が住むといわれるような土佐を中央並みの国風に作り替えるため、武士たちに礼を学ばせ「外に出ても恥ずかしくない」程度に教育するところから始めました。しかしそのことから言ってもやはり出遅れているとしか言いようがない悲しさがあります。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
- 2005-09-02
巌流島で決闘した佐々木小次郎のことを剣技を突き詰めた技術主義とするのに対し、考えに固執しないこと、勝とうという思いすら捨て去らなければ行動に偏りが出てしまうという観念的なものを突き詰めるのが武蔵の兵法なのだといいます。
- 著者
- 司馬遼太郎
- 出版日
- 2011-10-07
歳三は田舎道場から始まった新選組を武士の集団に作り上げる気でいました。幕府の太平の世に慣れた武士ではなく、その前のもっと荒々しかった武者像を理想としていたのです。朋友の近藤勇を局長にし、二番目に甘んじることによって新選組を自分の理想どおりの組織にしていきます。敵に厳しく新選組隊士に対しても容赦しない鬼の副長になっていくのです。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
慶喜は多種多芸で野心の少ない男でした。将軍になりたいという野望はないにもかかわらず天皇を尊ぶ水戸の家に生まれたことが彼にその地位を呼び寄せました。ペリーの来航以来、外国を打ち払いたい攘夷派は水戸徳川家出身の慶喜に望みをかけました。しかし頭のいい慶喜は外国の軍事力に対抗できる力がこの日本にないことが分かっています。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
- 1997-07-10
戦下手の最たるものは日露戦争で旅順(りょじゅん)要塞攻撃の司令官を任されたときです。彼は日清戦争当時の知識と感覚でロシアの作った当時の近代的な要塞に攻めかかろうとします。さらに運の悪いことは同じような考えの参謀が下についたことでした。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
- 1978-09-25
この物語は中国の古代、戦国時代を終わらせた秦が強力な権力者始皇帝を失って瓦解し、乱世の後に漢帝国が再び中国を統一するまでの話です。群雄割拠の中から勝ち残って周囲を吸収し、最終的に二つの勢力が勝ち残ります。旧楚国の名家出身項羽(こうう)と農家出身の劉邦(りゅうほう)でした。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
- 1984-09-27
この作品中では空海は同時に遣唐使で唐へ渡った最澄(さいちょう)をとても意識しています。唐へ渡る際にも私費で滞在費を工面した空海に対して最澄は国からの命令で渡航することもあって国費で唐にわたることができました。さらに最澄も密教を学んだことを知るのです。最澄が日本での密教の正統派になってしまう、という焦りが彼を襲います。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
- 1994-03-10
アビアをともない「信」を重んじる明国の船乗りたちに助けられながら遼東の地に赴いた庄助は「日本国の使者」という名目を与えられて女真の中に居場所を得ます。そこはヌルハチがモンゴルを従え、ホンタイジが国の体裁を整え「清」という国号を称する新興国がうまれつつある現場だったのです。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
強烈な性格を持ち自他に厳しい養母のリツ、優秀な兄たちと自分を常に比べていた実母のひさ。そんな二人から遠く距離を置いてきた忠三郎。本当は酒が苦手であるのにもかかわらず酒の席には必ずいたそうです。自分のようなつまらない人間は酒でもないとみんな付き合ってはくれないだろうという趣旨の彼の言葉には心底に秘めた何事かを感じてしまいます。
- 著者
- 司馬 遼太郎
- 出版日
- 1995-02-18
司馬遼太郎の作品おすすめ10選いかがでしたでしょうか。彼の描く登場人物は歴史上有名な人物も英雄的伝説的エピソードをこそげ落とし、生な人間としての姿をむき身にして読者に提示してきます。それは英雄と呼ばれる人々も我々と同じ感情をもつ何ら特別な選ばれし人間ではないということを教えてくれるように思えます。