タイムリミット7時間半。圧巻ラブコメ!
『七時間半』は品川~大阪間を結ぶ豪華特急を舞台としたドタバタラブコメディです。
こちらの作品の男女は、特急ちどりの食堂車でウェイトレスをするサヨ子とコック助手の通称「助さん」。同じ車両で働く、職場恋愛の物語です。
サヨ子はこのコック助手の彼と共に、父の死によって閉店した大阪にある食堂を再開したいといった思いを込めてプロポーズします。一方で助さんはホテルや一流レストランで腕を磨きたいとの気持ちがあります。サヨ子は決して打算的な思いではなく、彼に好きを連呼する程愛しているのですが……。
「この勤務、終った時に、返事聞かしてね。待っとるわ」(『七時間半』より引用)
プロポーズの返答をするリミットは、品川から大阪まで向かう7時間半なのです。
- 著者
- 獅子 文六
- 出版日
- 2015-05-08
人生の大きな決断であるプロポーズですが、美人で名高い同僚が恋愛模様を引っかきまわします。
もちろんそれだけではありません。なんと特急には首相が乗車しており、挙げ句の果てには同乗客の酔っ払いが首相を狙った爆弾を仕掛けてあるとつぶやくのです。酔っ払いだけにその言葉を信用するものか否か、そしてその噂はたちまち尾ヒレをつけて列車内を不安に陥れるのです。
現代ではSNSが普及しているので、すぐに噂話など世界レベルで拡散されてしまいますが、こちらは昭和の世界。人の口から口へと噂は伝染していきます。その面白おかしさや、恋愛の駆け引きがギュッと7時間半の間に詰まっているのですから、こちらも思わずページをめくる指が早くなってしまいます。
青春は予測不能。ドライな2人の胸キュン劇
これまでの作風に比べロマンティックな『青春怪談』は舞台背景が近代的です。主人公がバレエを習っていたり、コンクリートの建物が登場したり、新橋や銀座などイメージしやすい場所となっています。戦後作品の中でもとびきりお洒落なので、恋など簡単に生まれそうですが……。
登場する男女は婚約中なのに、どちらも色っぽくありません。恋愛より自分を貫き通す性分同士。合理主義者な慎一は事業に熱中し、婚約者の千春はバレエに没頭していて色恋沙汰どころではないのです。
そんな2人の仲がスキャンダルと怪文書により急激に青春物語が展開していきます。
- 著者
- 獅子 文六
- 出版日
- 2017-01-10
昭和のラブストーリーには幼い頃のいいなずけがいるケースが多く、昭和の時代背景がこちらも垣間見ることができます。時として恋の障害として描かれることが多数な設定ですが、当作品の2人はとても面白い関係性です。
なんと来るべき親の介護から逃れようと、自分達のことはさて置き、お互い独り身となった親達をくっつけようと手を組むのです。
そこへあるスキャンダルと、2人の仲を引き裂こうとする怪文書が出回ります。これが不思議な刺激を友達以上恋人未満な関係に与えて、2人はお互いを意識しだすのです。
とても興味深いのは、慎一が千春に対して彼女は本当に女なのかと疑う場面です。作中にもありますが、千春の習う教室では女の花園であり、同性の距離が比較的近い競技です。あまりにも千春がバレエ仲間に夢中なので、慎一はそもそも女とはなんなのか、男とはなんなのかといった無限ループへ迷宮入り。こちらもいつの時代にも考えられるテーマなので、読者も彼と共に考えさせられる内容となっています。
心和むひと時……
「私は無産無職の今年29歳になるつまらぬ男であります。謙遜ではなく、才能・勇気・学問
男性の装飾であるべきものを相当欠いています。そして、私は、運命にも人間にもよく服従します。それが私の性格であり、処世の道でもあるのです。
これから長い物語を始めるので名前ぐらいは覚えておいてください」
(『てんやわんや』より一部抜粋』)
- 著者
- 獅子 文六
- 出版日
- 2014-04-09
思わず口元が綻んでしまいます。彼の名前は太丸順吉。この物語の作者であり主人公です。そしてこのお話は彼が体験した1年間のてんやわんやの出来事を綴っているのです。
物語は敗戦直後の日本。日本の運命を握ったダグラス・マッカーサの指揮のもと、自由と民主主義の旗を掲げ歩み出した混乱の時代です。と書くとなんだか暗い・堅い・重いと思われそうですが、作品は現代的なテンポのある軽妙なタッチで描かれていますし、時代を現代に置き換えても十分に共感できる人間模様が描かれています。
主人公太丸順吉の性格は、気が小さく逃げ腰です。ですから彼は、今一番自分にとって安全であり安心できる方法を常に考えます。
そんな順吉にさまざまな予期せぬ出来事が襲い掛かります。そのたびに彼の心はいつも右へ行ったり左へいったり大騒ぎです。でもその性格は何故か読み手の心を和ませホットさせてくれます。愛すべき人間がそこに居ます。
少し疲れた日々の中で、ふと口元を綻ばせてくれるそんな作品です。