時代に翻弄されても歌い続ける恋のうた
20歳の頃に小説家デビューしたものの、今は哲学者三宅雪嶺の妻である花圃は、入院した歌の師である中島歌子から、女中の澄と共に書類整理をするよう頼まれます。整理をするうちに歌子の手記を発見した花圃はその内容に魅せられ、読み進んでしまいます。それは若くして亡くなった夫への、歌子の生涯をかけた恋の歌だったのでした。
- 著者
- 朝井 まかて
- 出版日
- 2015-10-15
新撰組や西郷隆盛など、ドラマの題材になることも多い幕末はファンの多い時代です。薩摩や長州が大きく取り上げられることが多いですが、実は徳川御三家の1つである水戸藩でも、大きなうねりが起こっていました。当時の水戸藩は藩主擁立問題で天狗党と諸生党が対立。そこに開国か攘夷かという日本国の問題も絡み、藩同士の戦争のみならず藩内での粛清が横行していたのです。
のちに歌人中島歌子となる登世は江戸の池田屋の娘でしたが、水戸藩士である林以徳に恋をし、嫁ぐことになります。天狗党であった以徳は刀を取るばかりが武士ではないと考えていました。しかし、急進派を抑えることが出来ず天狗党は決起。逆賊の汚名のもとに凄惨な粛清に合い、以徳も命を落としてしまいます。生き残った登世は以徳に心からの歌を詠むために勉強を始めます。同時に、なぜ同じ藩内で争い、夫を含め多数の尊い命が失われたのかを考え続けていました。
幕末の波に翻弄されたのは実際に戦う男たちだけでなく、女子供も同じでした。幼子までむごい仕打ちを受ける様を目の当たりにしてきた登世が考え抜いた憎しみの連鎖を止める彼女なりの方法。手記の中にあった情熱的なうただけでなく、その方法までが、生涯をかけた彼女の恋の歌であったのです。
夫の死後生涯独身を通し、才気あふれ我儘で気まぐれだと思われていた歌子の一途な熱い想いを知り、花圃は驚きます。そしてそれが単に一人の男性を愛するのみならず、敵味方に分かれて戦わざるを得なかった水戸藩の人々への思いにも繋がっていたことを知った時、花圃のみならず読者もその思いの深さに感じ入ること必至です。
全力の青春小説、かつ読み応えある家族小説
蒋介石が死んだ1975年に、自らを不死身と笑っていた秋生の祖父も死にます。殺されて浴槽に沈められている祖父を発見したのは秋生でした。高校退学、恋、徴兵制と軍隊での生活などを経て、ついに秋生は祖父の死にまつわる真実を確かめに行く決意をして中国へ渡ります。
- 著者
- 東山 彰良
- 出版日
- 2015-05-13
台湾出身の作家、東山彰良の小説です。描かれているのは、全力で喧嘩や恋に向かっていく若者像。時代背景として台湾と中国や日本との複雑な関係も下敷きになっており、暴力的な描写もあるのですが決して暗い作品になってはいません。それは、軽妙でユーモラスな東山の筆力と、力漲るばかりに少し踏み外してしまう若者が時代や国を超えていつでもいるということが大きいのでしょう。
また、この作品は家族と友情の物語でもあります。危険を顧みず友人の小戦を助けようする秋生や、その秋生を命をかけて守ろうとする宇文叔父さん。情に熱いのは、中国と日本という二つの国に翻弄されてきたゆえの反骨精神と強い同士愛からなのでしょうか。
終盤で祖父殺しの犯人が明らかになりますが、動機は戦争中の遺恨によるものでした。主義を持ち戦った者、後ろ指を指されても家族を守ろうとした者。……どちらもそうするだけの理由があったにせよ、殺しあわなければならなかった時代を思うと切なくなります。それでも未来への光を見せて『流』は幕を閉じます。おバカだけれど一生懸命だった青春を懐かしむ言葉とともに。
至福のギフト
芳ヶ江国際ピアノコンクールは、優勝者がその後著名なコンクールで優勝するのということで注目を集めています。そこにエントリーした演奏者の中でひときわ注目を集めているのが「ジン カザマ」。正式な音楽教育を受けていないものの、亡くなった高名なピアニスト、ユウジ・フォン=ホフマンの推薦状を受けているというのです。
ピアノは演奏人口も多いことからコンクールは熾烈を極めるといわれています。そんなコンクールに挑戦するのはジュリアード音楽院の隠し子マサル・カルロス、天才少女だったがブランクのある栄伝亜夜、結婚し子供もいるがピアノを諦めきれない高島明石、そして風間塵です。ホフマンの推薦状には、彼はギフトであり、劇薬である。彼をギフトとするか災厄とするかは我々にかかっている、とありました。実際に塵の演奏は度肝を抜くものでしたが、評価は賛否両論で……。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2016-09-23
直木賞と本屋大賞をダブル受賞した作品です。とにかく演奏者たちそれぞれの個性的な演奏の描写がすごいです。コンクールには3回の予選と本選がありますが、登場人物の演奏をすべて書き分けています。まさに頭の中に音楽が鳴っているように感じられるほどの描写力です。
コンクール描写の間に登場人物たちの人となりや過去などが描かれます。皆、音楽を愛しピアノを愛しています。コンクールさえも楽しむことが出来るマサル、母の死で音楽をなくしてしまった亜夜、人柄がにじみ出る温かい演奏をする明石の胸にある葛藤、旅する養蜂家の子でピアノすら持たない塵……。彼らはコンクールを通じ足を引っ張り合うのではなく、互いを高め合い、更なる音楽の悦びを知ります。そしてそれは審査員や聴衆にも伝播していくのです。
更にそして、魅力的な演奏者のうち誰が選に残るのか、亡きホフマンが塵の推薦状に託した意図は何だったのか、というところでも読ませます。音楽に造詣のない人でも十二分に楽しめる作品です。