日本語の美しさを改めて知る
『折々のうた』は、現代詩人を代表する一人「大岡信」が、1979年~2007年までの29年間6762回に及び、朝日新聞に連載したものです。
大岡の感性で日本語の豊かな表現を集めた作品。連載の年数、回数もさることながら、日本語というものに向き合った詩人の情熱も感じられる詩集となっています。
- 著者
- 大岡 信
- 出版日
- 2003-05-20
これだけ身近でありながら、真剣に「日本語とは……」などと考えたことは、あまりないのではないでしょうか。ましてや、「日本語の豊かさ・美しさ」と言われても、実感がわかないというのが正直なところでしょう。
『折々のうた』は、言葉と向かい合う一人の詩人が、日本語の豊かさ・美しさを伝えるために、厳選して集めてきた詩がたくさん詰まっています。
「また蜩(ひぐらし)のなく頃となつた
かな かな
かな かな
どこかに
いい国があるんだ」
(『折々のうた』より引用)
この詩をよんだ「山村暮鳥」の人物に触れ、作品の解説を大岡がするという形をとっています。ただ、説明・解説をするとは言っても、大岡自身も詩人であるだけに、読み手の想像力を奪ってしまうようなことはしていません。取り上げた詩歌の言葉がもつ奥深さに触れる、きっかけとなるようなものに留めています。
俳句・短歌から漢詩・現代詩に至るまで、詩人「大岡信」が選び抜いた作品は、言葉の宝庫ともいえるでしょう。これまで「詩歌」というものを学校の授業以外では読んだことのないという人にも、日本語の奥深さに触れるきっかけ作りにお薦めの詩集です。
説明のできない凄みを発する言葉の融合
日本の現代詩を語るうえで欠かせない詩人と言われる、吉岡実。
その作風は、シュールレアリズム的な世界を言葉で表出しているように思われています。しかし、何かに例えてしまうと、吉岡の持つ詩の凄みが逆に伝わらなくなってしまうので、何はともあれ、とりあえずその詩に触れてもらいたいと思います。
- 著者
- 吉岡 実
- 出版日
「四人の僧侶
一人は枯木の地に千人のかくし児を産んだ
一人は塩と月のない海に千人のかくし児を死なせた
一人は蛇とぶどうの絡まる秤の上で
死せる者千人の足生ける者千人の眼の衡量の等しいのに驚く
一人は死んでいてなお病気
石塀の向うで咳をする」
(『僧侶』より引用)
9編からなる吉岡の代表作『僧侶』の8から抜粋したものです。
一見、無茶苦茶な言葉の羅列に感じてしまうかもしれませんが、何か心を引っかかれたような感覚に襲われたのではないでしょうか。いえ、おそらく人それぞれ、その感覚は違うのだと思います。正直なところ「なんだこれ……」で終わってしまう人も多いのではないかと思われます。
ただ、詩というものを考えるとき、万人に対して同じように感じてもらえるものなのかというと、決してそうではありません。ある特定の人たちの、心を揺さぶった時、それは単なる言葉の羅列ではなく「詩」となって存在感を放つのではないでしょうか。
言葉というものは、一つ一つが意味を持っているため、絵画で表現するような完全な抽象は描くことはできません。個別に意味のある「言葉」を、ただただ無茶苦茶に並べれば、幻想的な風景が生み出せるかというと、そう簡単なものでもないです。吉岡が生み出す作品には、この「言葉」と「言葉」が感性で絶妙に掛け合わされ、混ざりあい融合した時に、一種の凄みのような力を発します。
「その男はまずほそいくびから料理衣を垂らす
その男には意志がないように過去もない
鋭利な刃物を片手にさげて歩き出す
その男のみひらかれた眼の隅へ走りすぎる蟻の一列
刃物の旅面で照らされては床の塵の類はざわざわしはじめる」
(『過去』より引用)
ぜひ、このような凄みのある吉岡の詩を、一度楽しんでみてください。
触れると忘れられなくなる対極を内包する田村隆一の詩
悲痛であるはずのものが、なぜかどこか明るく感じる。悲惨な事象であるのに、なぜか笑いさえ覚えてしまう。そんな対極的なものを内包し存在感と輝きを発しているものに接したことはあるでしょうか。
田村隆一の詩を読んでいると、悲痛な内容にも関わらず、どこか軽快で陽気ささえ感じてしまう瞬間があります。字面としては、同じ言葉を用いているのに、どうしてこんなにも心に受ける印象が違ってくるのだろうと不思議になってきます。
- 著者
- 田村 隆一
- 出版日
「わたしの屍体を地に寝かすな
おまえたちの死は
地に休むことができない
わたしの屍体は
立棺のなかにおさめて
直立させよ
地上にはわれわれの墓がない
地上にはわれわれの屍体をいれる墓がない」
(『立棺』より引用)
死して尚、横たわることはできず、棺を立ててその中で直立させよと田村は歌っています。正直、なんのことだか分からない……しかし、心を打ちぬいてくる確かな感触が、その言葉には宿っているのです。
「わたしの屍体を火で焼くな
おまえたちの死は
火で焼くことができない
わたしの屍体は
文明のなかに吊るして
腐らせよ」
(『立棺』より引用)
冷静に見ると、凄いことを書いているのですが、その言葉から伝わってくるのは、暗いイメージではないところが、田村の詩の魅力です。優れた芸術は、対極の要素を内包して、受け手の心を揺さぶり、存在感を放ちます。
「一篇の詩が生れるためには、
われわれは殺さなければならない
多くのものを殺さなければならない
多くの愛するものを射殺し、暗殺し、毒殺するのだ」
(『四千の日と夜』より引用)
言葉で表現してあるのに、それを言葉で説明しようとすると、うまくできないことを痛感させられる。優れた詩は、そういうものなのでしょう。田村隆一は、一つの「詩域」ともいうべきものを確立した、戦後日本詩壇を代表する詩人です。
そんな田村の受け手の心を揺さぶる詩を、ぜひ一度手に取ってみてください。