大正時代を代表する小説家芥川龍之介
菊池寛らと刊行した同人誌「新思潮」に掲載した『鼻』が夏目漱石から絶賛を受け一躍有名になった芥川龍之介。その後しばらくは教職に就きながら執筆活動をしていたのですが、最終的には新聞社に入社し、執筆活動に専念していくこととなります。
1921年に心身を病んでからは執筆ペースは落ちたものの、それでも「将来に対する唯ぼんやりとした不安」で自殺してしまう直前まで執筆を続けていた芥川の作品群は、大雑把に以下のように分けることが出来ます。
まずは『鼻』『芋粥』など、古今東西の説話を元に作られた作品が多い初期作。この頃の作品は、『杜子春』などのように児童文学として書かれた物も多く、読みやすい作品が多い時期です。
次に『地獄変』『邪宗門』など、芥川の芸術至上主義的思想が全面に押し出された中期。谷崎潤一郎の「小説から物語の面白さを除外してしまうのはナンセンスだ」という主張に反論を述べた晩年の『文芸的な、あまりに文芸的な』で、芥川は「小説の質は物語の面白さによって決まるものではない」と述べていますが、そんな芥川の芸術的、文学的な美意識を映し出したかのような作品が多いです。ちなみに、短編を得意とし数多くの名作を書き上げた芥川ですが、どうも長編小説は苦手だったようで、『邪宗門』は未完の作品となっています。
最後に『河童』『歯車』『或阿呆の一生』などが分類される後期。この頃になると小説家としての集大成的な、芥川の価値観を前面に押し出した私小説的な小説が多くなります。芥川の思想をアフォリズム的にまとめた随筆『侏儒の言葉』などもこの時期の作品です。
また、芥川作品の物語は古典文学を題材にして作られていることは特筆すべき点でしょう。『宇治拾遺物語』を題材に描かれた『地獄変』や『龍』、中国の古典を題材にした『杜子春』などがそれにあたります。なかでも『今昔物語集』を題材にしたものは数多く、『羅生門』『鼻』『芋粥』など多岐にわたり、そのほとんどが「王朝物」と呼ばれる、平安朝を舞台とした作品になっています。
東京帝国大学の英文学科に進学するなど英語の達者だった芥川は、上記のような作品とは別に外国文学の翻訳も携わっていたことがあります。『悪魔の辞典』で知られるアンブローズ・ビアスの紹介や、ノーベル文学賞受賞者ウィリアム・バトラー・イェイツなどの和訳を行い、特にバトラーを芥川は高く評価していました。
そして死後、芥川と仲の良かった菊池寛が「芥川龍之介賞」いわゆる芥川賞を設立しました。芥川の名前を冠した優れた短編純文学を書いた作家に贈られるこの賞は、「直木三十五賞」と共に日本で最も有名な文学賞として日本文学界に根付いています。
それでは、芥川龍之介のおすすめ小説を紹介していきたいと思います。
ささやかな願いこそが人生の糧『芋粥』
いつも周囲から馬鹿にされいじめられている五位のささやかにして唯一の夢は、芋粥を飽きるくらいに食べることでした。そんな折、「何時になつたら、これに飽けることかのう。」という五位の言葉を聞いた藤原利仁が、芋粥を腹いっぱい食わせてやると持ち掛けてきます。そして、お屋敷で出された途方もない量の芋粥を見た時、既に五位は「芋粥を飽きるまで食べてみたい」という欲望はすっかり失せ、愚弄されながらも夢を持ち幸福だった自分を懐かしむのでした。というのがあらすじです。
- 著者
- 芥川 龍之介
- 出版日
- 2007-06-23
『鼻』などと同じく『今昔物語集』の中の話が題材とされ平安時代を舞台とした、いわゆる「王朝物」と呼ばれる作品の1つです。題材となった話が藤原利仁を讃える内容であるためか、利仁の凄さを示すようなエピソードが挿入されているので、本来主人公である五位のうだつの上がらない雰囲気が協調されています。
「人間は、時として、充されるか充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまふ。その愚を哂わらふ者は、畢竟ひつきやう、人生に対する路傍の人に過ぎない。」という文からも察することが出来るように、ささやかな願望こそは人生を生きる上で重要な心の支えなのだ、と語りかけてくる作品です。
自分の長すぎる鼻が嫌いだった主人公が四苦八苦し鼻を短くするものの、逆に周りから笑いものにされ落ち着かなくなり、結局また長くなってしまった鼻に安堵する『鼻』に内容が近しいものを感じますね。
どちらの作品も成立が同時期であることと、王朝物として題材が似ていることもあり、本には必ず一緒に収録されています。読み比べてみるのも面白いかもしれません。
芥川龍之介の芸術至上主義を全面に押し出した傑作『地獄変』
猿のような風貌や高慢な言動から嫌われている天才画家良秀は、ある日大殿様から「地獄変」の屏風絵を描くように命じられます。しかし見たものしか描けない良秀は、「車が燃え、内にいる女の身悶えし焼け死ぬところを見たい」と大殿様に懇願、大殿様もそれを承諾し実現させます。実行の日、大殿様が燃やす車の内にいる女は、良秀にとっては何よりも愛している娘だと知ります。しかし良秀は、そんな最愛の娘が焼け死んでいく様子を、悲しむ素振りは微塵も見せず、ただ厳かに見守り続けた。というあらすじです。
- 著者
- 芥川 龍之介
- 出版日
『地獄変』は『宇治拾遺物語』に収録されている話を元にした作品です。絵を描くために我が子の死を恍惚と見続け、絵を描き上げた主人公は数日ののち自殺してしまう、というインパクトの強い内容ですから、覚えている人も多いのではないでしょうか。
良秀の生活や大切なものを捨て去ってまでも絵を描こうとする芸術こそ全てであるという態度や、絵の完成後は焼死した娘を追うかのように自殺してしまうという結末からは、芥川の作品らしい人間臭さを感じることが出来ます。
「如何に一芸一能に秀でやうとも、人として五常を弁わきまへねば、地獄に堕ちる外はない」と言っていた人物たちが、良秀の地獄変を見た瞬間に押し黙ってしまうという描写があるのですが、そこから芥川龍之介の芸術作品に対する姿勢、考え方が伺えます。