毎日代わり映えしなくても、それがすごいこと!
『浮世女房洒落日記』は江戸時代の庶民の日常を日記で記したものです。日記の筆者は、亭主の辰三と共に小間物屋を営むお葛。小間物屋とは、現在で言うメイク道具やスキンケア用品を扱うお店です。
小間物屋には、お葛・辰三の他に、辰吉とお延という2人の子供、そして清さんという奉公人がいます。隣家には富弥太さん・お甲さん夫婦、その一人娘のさえちゃん。近所には扇子屋で大店の女房のお恒さん。そして大家さんの女房のお佳さん、と日記の中の主な登場人物はこのような感じです。
- 著者
- 木内 昇
- 出版日
- 2011-11-22
この本の表紙や題名を見ると、少し読みづらい印象があるかもしれませんが、全くそんなことはありません。飽きずにサクサク読めてしまいます。その理由は、お葛の書く日記の内容が、現代に生きる私たちでも共感出来るからです。
お葛はいわゆる肝っ玉母さん。ぐうたらで喧嘩っ早くて見栄っ張りで仕事をしない亭主に日々怒りを感じながら暮らしています。辰吉が悪さをすると尻を叩いてこっぴどく叱ります。
しかし若い女性らしい部分も持っていて、町火消の力強く引き締まった体を見ることには目がありません。どこかで火事が起こると、火事の様子を見るより町火消したちを見ること目当てで駆けつけてしまいます。
また、隣家の娘のさえちゃんと清さんの仲を取り持とうと、2人の気持ちを探ったり、さえちゃんの恋敵を追い払ったりしようと画策します。
一見単なる庶民の日常ですが、普通の生活のありがたみだったり、人間の面白味やうま味だったりが感じられて、読んだ後にはなんだかホッとする内容です。歴史ものを読むに抵抗を感じる人、日々の生活に忙殺されている人にぜひ読んでもらいたい本です。
本当の幸せとは何か?すれ違うそれぞれの想い
『櫛挽道守』は、櫛職人・吾助の長女である登瀬を主人公に進んでいきます。吾助の職人の腕は別格で、登瀬は小さなころからずっとそんな父の櫛を挽く姿を見て育ってきました。そして、自分も父のような櫛職人になりたいと思うようになっていました。
しかし世は江戸時代末期。男が家業を継ぎ、女が家事や子育てをするのが当たり前の時代です。登瀬は母の松枝や妹の喜和から非難を受けるようになります。そして突然、末の弟の直助が事故死してしまうのです。
- 著者
- 木内 昇
- 出版日
- 2016-11-18
弟の直助の死により、さらに家族内に生まれたすれ違い。一方登瀬は、かつて直助と交流のあった源次という青年と知り合います。直助は草紙に物語を書き、それを源次と一緒になって売っていたというのです。なぜ直助がそんなことをしていたのか。登瀬は、直助の書いた草紙を買い取って集め、その理由を探ろうとします。
家族内のすれ違いから逃げるようにして喜和が嫁いでいき、登瀬が櫛職人になって数年経った頃、江戸からある男・実幸がやってきて、吾助に弟子入りします。実幸の櫛挽きの腕は、天性のものがありました。やがて実幸は、登瀬の夫として婿入りすることに。
しかし登瀬はどうしても実幸との夫婦像を想像出来ないでいました。吾助が代々作ってきた櫛だけでは実入りが少ない、庶民の目を引く塗櫛も作った方が潤うという実幸の提案を受け入れずにいたのです。さらには櫛に自身の名前の焼き印を入れるようになった実幸。実幸の目的とは一体何なのか、どうして自分と婚姻したのか、登瀬は図りかねていました。
一方、何年かぶりに実家へと帰ってきた喜和はまるで亡霊のようでした。夫を支え、子を産み、家庭を守っていくのが女の幸せだと思っていた喜和。しかし嫁ぎ先の舅による厳しいしつけに遭い、居場所を無くしていたのです。
なぜ直助は物語を書いていたのか。そして、人の幸せとは何なのか。性別による幸せの違いの壁は超えられないのか。
性別の壁を少しでも超えようとすることは、いつの時代になっても人が考えなければならない命題なのだと気づかされます。この本を読んで、明確には答えが出ないかもしれませんが、考えるきっかけにはなると思います。ぜひ幅広い世代の方に読んでもらいたい一冊です。
名もなき「男」たちの運命とは?
この小説は、明治時代初期に生きた「ある男」について描いたものです。その男について、7つのエピソードでそれぞれ違う人物について書かれています。
一人は金工、一人は警察官、一人は細工物職人......と実に様々で、作中ではその人物の名前さえ明らかにされません。ただ「男」とだけ表現されて物語は進んでいきます。この「男」という表現は、読後思い返してみると、3人称なだけに実に不思議な面白味を持っていることに気づくと思います。
- 著者
- 木内 昇
- 出版日
- 2015-10-07
時代は明治時代初期。廃藩置県が行われ、新しい政治を作っていこうとする動きが盛んな激動の時代です。庶民に苦渋を強いる制度に反発する形で、7人の男たちは、知らず知らずのうちにその政治開拓の波の中に巻き込まれていくことに。そして、上から抑えつけられるという不条理に遭います。
平穏無事な生活を願いながらも、自らの保身や、自分の職業に対する誇り、自身の欲望に翻弄される男たち。現代を生きる私たちは、政治に翻弄されるようなことはほとんど無いでしょう。それ故に、政治に反発せざるを得なかった男たちを描いた様子は、その時代の理不尽さ・不条理さをひしひしと感じられます。
名もなき男たちを描いた物語ですが、そんな男たち・人間たちの行動や言動によって現在があるのだと感じさせてくれます。「歴史上の人物」と称される人は、歴史を変えた偉人のように伝えられていますが、それは客観的に見て、表だった行動を行った人々のことを言うのでしょう。
7人の男たちのその後の運命はどうなるのか。読後、なぜ主人公の名前を出さず、「男」という表現に留めたのか。その理由が分かると思います。