消えた俳優を追いかけたその先には。『幻影の書』
ジンマー教授は、妻子を事故で亡くし、今は一人で暮らしています。大学で映画の研究をしており、無声映画の時代に活躍した、映画俳優ヘクター・マンついて本を出したことがありました。ヘクター・マンはまだ若いうちに突然失踪して、60年近く経ったいまは、彼を覚えている人も少数です。
ある日ジンマーのもとに、ヘクター・マンが会いたがっているという、夫人からの手紙が届きます。まだ生きているとは信じられないでいると、数日後、夫人の遣いだという女性が、自宅で待っていました。
- 著者
- ポール オースター
- 出版日
- 2011-09-28
家族を亡くし絶望していた主人公に、更なるいくつかの不幸が追い打ちをかけ、それでもまた前を向いて生きていくことができるのか。ほかの登場人物たちも、何かを喪失して、そして何かをつかみ取ろうとします。打ちのめされてしまった時、人生の指南が欲しい時などに、小さなヒントをくれる物語です。
オースターの作品は、読んでいて映像が目に浮かぶことが多いですが、なかでも、この作品内の映画の描写は、まるで実際にその映画を観ているかのよう。その意味では、最近読書から遠ざかっているという人にもおすすめです。執筆の前に映画作りを体験したことが作品に転換されています。
主人公ジンマーなどの名は、『ムーン・パレス』の登場人物から名づけられており、それぞれ別人物ですが、この2冊は緩やかに関連しています。
ニューヨーク三部作の第一作。『ガラスの街』
35歳の作家クインは、妻子を亡くし、今は一人、ニューヨークの小さなアパートメントの一室で、ミステリーを書いて暮らしています。
ある夜クインは、ある探偵を探しているという間違い電話を受けます。興味を持ち、依頼主に会ったクインは、自分がその私立探偵ポール・オースターであると偽ります。依頼主の女性が引き合わせた男は、幼年時代、父親から受けた壮絶な仕打ちから、精神に傷を負っていました。依頼は、その父が再び近付かないよう、見張ってほしいという内容でした。
クインの、ターゲットを尾行する日々が始まります。
- 著者
- ポール オースター
- 出版日
- 2013-08-28
ミステリー小説風に始まり、一気に読ませます。かと言って、本書ではなにか事件が解決するわけではありません。
探偵に扮した主人公クインは、ターゲットを探っているうちに、やがて自分という存在があやふやになってしまいます。クインが探っていくのは、むしろ自分自身という、不思議な物語です。孤独な作家であるクインは、名前もペンネームなら、作品もフィクションで、探偵というのも嘘ですし、依頼主やターゲットに名乗るのも偽名、そして住まいを失ったことで、いつの間にか、自分が自分である根拠がぼやけていきます。
自我というものがいかに曖昧か考えることができます。透明感のなかに少しずつ霧が出て、ついに視界は完全に白く包まれてしまい、読後には強い余韻が残る、非常に美しい作品です。
より深くオースターを知るなら。『トゥルー・ストーリーズ』
日本独自編集のエッセイ集です。オースターの小説を読んでもっと著者を知りたくなったら、こちらがおすすめです。
オースターの子供時代、両親のこと、仕事を始めてからのことなどを赤裸々に告白しています。昔のことをこれだけ詳細に覚えていることには驚かされます。その意味で、キャリアに悩む若手社会人や、現在夢を見つけ追っている最中の方にはとりわけおすすめです。
オースターという人物について、これ一冊だけでもかなり知ることができます。何より、幼い頃から物の見かたの開けていたオースターの人生回顧は、まるで小説のようで、読み物としてとても面白いです。
- 著者
- ポール オースター
- 出版日
- 2007-12-21
短いエッセイが並んでいますが、どれも面白い話で、まるで物語のようです。オースターのほかの小説と、ギャップなく読むことができます。
オースターの周りで起きた、沢山の小さな出来事の積み重ねが、創作の糧になっていることがわかります。本当は、近い出来事は誰の身にも起こっていて見過ごしているだけなのかもしれませんが、オースターにはその一つ一つをずば抜けて鋭く見る目があり、かつ記憶にとどめる力があるのでしょう。
9.11考、ニューヨーク考などを読むと、アメリカの問題点を把握しながらも、愛情を持っていることが伝わり、オースターの人となりも垣間見えます。人間の愚かさを描きながら、同時に人間への愛情も感じる、彼の小説作品にも通じるものがあります。